小さな幻獣(2)
「……『堕天使』、だと?」
禍々しい黒翼を広げて宙に浮く子供に表情はない。
無機質な瞳がカメラのレンズのように目の前の世界を映し出す。
「……いや。ちょっと待てっ!」
「どうしたリュウ?」
「……あいつは――ッ」
「ルンくんっ!」
リュウよりも先に少し離れたところにいるナツミがその名を叫んだ。
やはりそうなのかとリュウは確信を得る。
「おい、リュウ。その、ルンって誰のことなんだ?」
何も知らないライオネルがリュウに尋ねる。
リュウは堕天使と化した少年から目を離さないまま答えた。
「……お前も知ってるだろ。『冒険者』の旅の始まりには『案内人』と呼ばれる少年少女が派遣される」
「あぁ。ウシオたちでいうリコのことだろ?」
「……そうだ。あの子供――――ルンは俺とナツミの『案内人』だった」
「そういえば、お前たちの『案内人』は行方不明だったんだな」
リュウたちの旅の目的の一つは行方知らずの『案内人』を探すというものだった。ウシオたちと初めてあったときにもこのような話をしていたはずだ。
その彼が目の前にいる。
姿かたちをまったく変えて。
「うそでしょ……うそだよねっ、こんなことってっ!?」
「ナ、ナツミ……っ」
気弱だけど人のことを想える優しかったあの少年はもうどこにもいない。
その事実が鋭利なナイフのようにナツミの心をえぐった。そばにいる赤髪メイドのアールと青髪メイドのビイが背中をさすってやる。
リュウはアールの背中で気を失っているリコを見据えた。
まだまだ幼くか弱い子供たちが大人たちの掌の上で踊らされている。人体実験のカプセルに入れられていたリコはもちろん、王宮内を走り回っているであろうライもこの戦いの被害者だ。堕天使の獣人と化したルンはきっと、苦痛の続く人体実験を行われたに違いない。
――――強き者が弱き者を食らう。弱肉強食の世界。
知っていたいた。
身をもって知っていたが、これは絶対に間違っている。
自分の子供を殺すようなものだ。
自然に反した、人間のエゴである。
冷え切っていた心の内からメラメラと炎が燃え上がり始める。
迷いはなかった。
「……炎竜鎧の術……ッ!!」
炎の双竜がリュウを包み込み、彼は再び鎧を身に纏う。
全ての首謀者であろうクロに向かって走り出した。
世界を乱す『人間』という獣に立ち向かう。