獅子がいれば百人力(3)
「……ゲボ……っ」
「リュウっ!?」
口元に手をやった直後、リュウが吐血した。
炎竜の鎧が霧のように消えていく。
「……ごぶ……っ」
パタ、パタ……パタパタ
指のすき間からもれた血液が屋根に滴る水滴のようにこぼれる。
考えてもいなかった事態にライオネルは敵から視線をはずし慌ててそばに寄った。敵であるフリーダすらも何事かと首をかしげている。
「どうしたリュウっ!? もしかして古傷が開いたのか?」
「…………」
いや、とリュウは首を横にふった。
口周りにこびりつく血をふき取っては手のひらを突き出す。
「……も、問題ない。ただ、炎竜鎧の術を使いすぎただけだ」
炎竜を鎧として身体にまとう最上級忍術、『炎竜鎧』。その力を得た者は劫火を操り、龍をもひれ伏す絶対的な存在へと生まれ変わる。
ただし、力にはそれ相応の副作用があるものだ。
「一度下がって回復しろリュウ。俺が何とかしてやるから」
「……ダメだ。アイツだけは――――アイツだけは俺が倒さなくちゃいけねえんだ……ッ!!」
「お前……」
普段は感情のコントロールがとれているリュウがこの有様だ。
相当の因縁があるのだろうとライオネルは察した。
「分かった。だが決して無理はするなよ」
「……あいよ」
口の中に鉄臭さを覚えながらおぼろげに返答する。
――――と。
ポンっ
「――――――――」
彼の背中を叩いて追い越していったライオネルの後ろ姿にリュウは心が熱くなるのを感じた。
こんな男になりたいと、そう思えるほどに。
「ケハハハハハッ!! ゲームはまだ全然始まってないんだぜ? なのになんだよお前のその滑稽な姿はよォッ!」
「――――笑うんじゃねえ」
「あ?」
「笑うんじゃねえって言ってんだ」
ライオネルがそう口にする。
彼はリュウをフリーダから隠すようにはしなかった。
こいつこそが俺の自慢の仲間だといわんばかりに体を開いてリュウの姿を見せつける。
「お前には守るべき何かがあるか? 大切にしている誰かがいるか?」
「何言ってやがんだ、このおっさん」
ライオネルの話を無視してフリーダが動き出した。牙のように指を折り曲げ、十本の指先に豪炎が灯る。形を維持したまま両手を重ねたそれは、まるで凶暴な狼の口そのものだった。
ライオネルの身体を食い破ろうと接近する。
しかし、彼は話をやめなかった。
迫りくるフリーダの攻撃をその剛腕で受け止める。
「オラオラオラオラ……ァッ!!」
ジュウウウウっと真っ黒に焦げた肉の嫌な臭いが生まれた。
ただし、ライオネルの表情には苦痛のひとかけらもない。
腕の筋肉に命令がはたらき岩のように固くなる。膨大なエネルギーを消費してライオネルはフリーダの攻撃をはじいた。
「……なっ!?」
「いいか。よぉく聞いとけ」
「――――あいつには守りたい人がいる。それを侮辱することは、誰にもできねえんだよ……ッ!!」
バギイイイッッッ!!!
鋼をも破壊せんとする百獣の王の拳が見事に決まった。
吹き飛んでいく敵に向かって、ライオネルはこう付け足す。
「それと。俺の仲間をバカにすることは絶対に許さねえからな」
自らの拳に息を吹きかけながら、そう言った。