囚人の進化(3)
完全な『ゴリラ』の獣人と化したシャバーニが腕を前に出して構えた。
彼はもともと武道家として修行を積み重ねていた。あるとき、王宮で開かれた大会にて彼は見事に頂点をつかみとったことがあった。
そこに目をつけたのが『革命軍』。
いや、当時は軍と呼べるほどの規模ではなかったのかもしれない。
裏では『革命軍』の幹部として、表の世界では王宮に仕えながら生きて抜いてきた。
武道家として、また軍人として磨いてきたその技。
人間態ですら一級の戦士であるシャバーニが、獣人の力を解放したとなると――――
「想像するだけでもヤベェじゃねえか……」
「…………このおいどんから勝利をうばったやつは誰もいない」
リュウとシャバーニの睨み合いがしばらく続く。
張りつめた緊張感で空気がビリビリと振動した。
「…………いくでごわすッ!!」
「くッ!?」
ドッ!! とゾウの群れが突進してきたような地響きがおこる。
リュウは『奪盗』を発動し彼に対抗するため両腕を変化させた。シャバーニと同じく、毛むくじゃらの引き締まった腕に炎が燃えさかる。
リュウは両腕をひき筋肉にエネルギーをため込んだ。
――――ドッッッッ!!!!!!
彼らの拳がぶつかり合う。
衝撃波が周囲へと伝わりナツミは何とか耐えたが、アールとビイは吹き飛ばされてしまった。同じように眠るリコも地面に転がる。
「ぐがが……ッ!!」
「…………ふんッ」
ジュウっとリュウの炎がシャバーニの拳を焼きつけるが彼に苦痛の表情は一切見られない。むしろ『奪盗』の能力で相手の技よりも強力なはずのリュウのほうが圧されている。
「…………ぬるいなッ!!」
「ガハ……ア……ッ!?」
シャバーニがさらに力を加えたことでリュウはあっけなくはじかれてしまった。宙へと舞ったリュウにシャバーニが途絶えることなく追撃する。
ドドドドドドドドドドッ!!
ドンドンドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!!
ドドドドドドドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!
「――――ゲボァッ!?」
残像が生まれるほどの無数の拳がリュウの身体へと叩き込まれる。
壁へと衝突しリュウを中心に亀裂がぴしゃりと走った。
体内から何かが逆流してくる。
窒息しないよう無理やり吐き出し気管を確保した。
「ゼエ……ハア……ハア……ッ!」
「…………どうしたでごわす。そんなものではないだろう?」
壁にめりこむリュウへとシャバーニが言葉をかける。
ただし、その言葉の意味を彼は理解できていなかった。
マスクによる酸素不足のせいか、それともダメージによる障害のせいか。
リュウの頭の中では果てしなく続く真っ白な世界が広がっていた。
――――奥のほうからじわじわと黒く染まっていく。
新品の紙に、墨を垂らした時のように。
「……マケラレネエ……」
白く塗りたくられた顔なしマスクに、うっすらと表情が浮かび上がり始めた。