囚人の進化(2)
ドッッ!! ゴォォォォオオオオッ!!
拳と拳がぶつかり合い凄まじい衝撃波が空間を振動させる。
「オラァッ……!!」
「…………ガ、ハァッ!!?」
ギチギチと均衡する拳のぶつかり合いに動きがあった。
炎を纏ったリュウの拳がシャバーニに打ち勝ったのだ。リュウは拳を振り切り、反動でシャバーニの図体が空中へと持ち上がる。
彼はそのまま石灰造り壁面へと叩きつけられた。内臓から圧迫され肺からは空気がもれる。
「……すごい。すごいよ、リュウっ!!」
「まぁな……」
超えられない壁をやぶり、限界のその先へとステージを進めたリュウに賞賛を送る。いまいち理解できていない二人のメイドも拍手をしていた。
しかし、勝鬨のムードは一瞬にして崩れ去る。
のそりと巨体を起こしながら、シャバーニが声をあげた。
彼自身の感情をあらわにして。
「…………くはっ。くははははははッ!!」
初めて目にする彼の本当の姿にリュウたちは言葉を失う。
「…………面白い! 面白いぞ貴様!! これほどまでにワクワクする闘いはいつぶりだろうか……ッ!!」
「チッ。ずいぶんと余裕そうだな……」
先ほどのダメージは相当なものだったはずだが……。
攻撃だけでなく体力までバケモノなのかよとリュウは悪態をついた。マスクからもれる彼の息が心なしかあがっている。
シャバーニは一かけらも気にすることなく己が感情をさらけ出し続けた。
「…………おいどんは貴様みたいなやつを待っていたんでごわすよッ!」
「やっぱりごわすだ……」
一度耳にしたことのあるナツミが空耳じゃなかったんだと確信を得る。
軍人として任務を遂行するときは、私情を一切殺して『私』。
戦士として生命を燃焼するときは、生まれつきの『おいどん』。
現在、シャバーニは任務の遂行下にいる。
けれど、リュウの強さが彼の本能を呼び覚ましたのだ。
「…………おいどんは貴様のことを『好敵手』とみなしたでごわす。もう手加減はしないのでごわすよッ!!」
「おいおい。まだ強くなる気か……?」
冗談じゃないぞと、リュウは口元をゆがめた。
額に数滴の冷や汗が浮かぶ。
ゴゴゴゴ……と大地が小刻みに揺れ出す。
天災が来るぞと本能が警告した。
「…………オ、――」
シャバーニが全身の筋肉という筋肉に力をこめる。
「オォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!」
「地震かよオイ……ッ!」
「きゃあっ!?」
漢の雄叫びに呼応するように世界が震え出す。一国を滅ぼさんとする怪獣が眠りから覚めるような前兆。
シャバーニの身体が変化していく。
全身から黒い体毛が生えだす一方で、ゴリラのような右腕が収束する。
顔つきも人類から退化していき、いわゆるゴリラの顔になった。
片目の大きな傷はそのまま残っている。
ゴリラ、というよりはオランウータンに近いのかもしれない。
人間態よりもフットワークの軽そうな細身の体型へと変わっている。とはいっても、リュウたち一般人よりは大きいのだが。
上半身の衣服は破れ、武道着のようなズボンに帯を巻いている状態。羽織っていた黒装束を脱ぎ捨てたその姿は、まさに熟練の武道家そのもの。
全身を毛むくじゃらにした『ゴリラの獣人』がそれはそれは楽しそうに笑う。
「…………貴様の本気を、このおいどんにぶつけてみろッ!!」