王の帰郷(3)
「くっくっく……」
オレが動揺する一方でクロは滑稽だといわんばかりに微笑する。
くそ…………ッ!!
「深・破海流の術……ッッ!!」
上手く動かない指で再び印を組み、術を発動する。
だが、火山をも呑み込む爆水が流れることはなかった。
術を叫ぶ声が、部屋に虚しく響いただけだ。
「いいことを教えてやろう」
「――――ッ」
耳元で低く冷たい声がした。
いつの間にか、背後にまわられている。
「君の四肢についているその拘束具。ただの鎖だとでも?」
「……まさか、術の発動を禁じる道具?」
「その通り。エネルギーの流れを乱すシロモノさ」
合点がいった。
誘拐された立場であるオレが、なぜ動きを制限されるだけのショボい拘束具だけなのか。
忍術を使って容易に逃げ出される可能性があるのに、それはおかしい。
その答えが、そこにあった。
『冒険者』の持つエネルギーを封じる道具。もしかするとそれは、『革命軍』の開発した対旅人用の兵器なのかもしれない。
「能力が発動できないなど、これほどまでに愉快なことは無い」
「クソッ……!!」
肘を曲げ、勢いよく腰をひねった。
しかし、込めた力は空を裂き霧散する。
「くく……っ」
次の瞬間にはオレから数メートル離れたところに立っていた。
絶対絶命の状況。
ヤツがオレに何を求めているのかは分からない。
ただ、少しばかり疑問に思う。
『革命軍』の目的は、現王を殺し新たな政府をつくることに相違ない。
つまり、オレを殺すことが最大の目標となる。
だが、
「……どうして、オレを殺さない?」
一つ考えてみるだけでも矛盾点が見えてくる。
例えば、シャバーニにとらわれた時点でオレを殺せばそれですべては達成されたはずだ。
なのに、そうしなかった。
いったい、なぜ?
「殺さない理由……? くはっ、くはははははははッ!」
「何がおかしいんだ……!!」
こらえきれんとばかりに、クロが大声で笑い出す。
これほどまでに感情をさらけだすクロの姿は見たことがない。
「もう一ついいことを教えてやろう」
「――――っ」
頭がおかしくなりそうだ。
目の前にいたはずの者が気づけば背後にいる。張りつめた神経を逆立てられるようで、気が気でならない。
死を諭す死神のように、ヤツが囁きかける。
「君には死んでもらい、生きてもらう」
ドスッ
「うぐッ……!?」
背中に何か、針のようなものを刺された。ドクドクドクと、不気味な液体を流し込まれているのが分かる。
そうした直後、耐えきれない睡魔が襲いかかってきた。
視界がかすむ。音が鈍くなり、匂いが感じ取れなくなる。
感覚が失われていった。
覚めない夢へと旅立つ――――その一瞬前。
「――――おやすみ、兄さん」
最後にそう、囁きかけられた気がした。