恥ずかしがり屋の子犬(3)
見事に沈没した同士に僕らは肩を叩いて激励を送った。
三角座りで泣きじゃくるギンはアミちゃんに任せるとして。最後はやっぱり、イッちゃんしかいないよね。
期待と不安が入り混じったまなざしを彼女に向けた。
のだが、イッちゃんの姿はもうそこにはなかった。
彼女はすでに障子からのぞくヒナタちゃんのそばに近寄り腰をかがめている。
ちゃんと目線を合わせて、対等に話せるように。
ぽんぽんっと優しく頭をなでて、イッちゃんは笑顔をみせた。
「ふふっ、みんな楽しい人たちでしょっ? だから怖がることなんてないんだよっ、ヒナタちゃんっ」
「……うん」
今まで言葉を発しなかった彼女がついに口を開く。
結局そういうことなんだなと、僕は思った。
*
それから、ヒナタちゃんを僕たちの輪に加え、今後の話をした。
僕たちは王宮を目指すということ。
『王宮』内にひそむ『革命軍』の情報を集めること。
同時に、『獣人を治す薬』の研究を見つけ出すこと。
そして、ヒナタちゃんをもとの姿に戻すため、僕たちの旅に同行させるということを。
「どうしてもいかなくちゃ、だめ?」
人差し指を合わせ、ツンツンしているヒナタちゃんが上目遣いで聞いてくる。ふわふわの尻尾を丸め、イヌの耳をピクピクと動かすその仕草はとても可愛らしい。
って、そんな場合じゃなくて。
僕はヒナタちゃんが旅に同行してないといけないもう一つの理由を教えた。
「ヒナタちゃんは半分獣人になってるでしょ? もしかするとね、お母さんにも感染してしまうかもしれないんだ」
「ふぇ? おかあさんも獣人になっちゃうの?」
瞳をうるわせ、涙をこらえながら尋ね返してくる。
僕はあえて本当のことを伝えた。
「そうだよ。一緒にいるとお母さんまでバケモノになるんだ」
「そ、そんなのやだッ! ひぐっ、やだよッ!」
「ヒナタちゃん……っ」
涙を流し嗚咽を繰り返すヒナタちゃんの背中をイッちゃんが優しくなでる。
心を痛めながらも、僕は心を鬼にして続けた。
「僕たちの旅の末にね、もしかすると獣人を治す薬を見つけることが出来るかもしれないんだよ」
「うぐっ……。それって、わたしの病気がなおるってこと?」
「もちろん。これからも、おかあさんと一緒に生活できるんだ」
「ほ、ほんとに?」
「うん。ほんとだよ」
目を腫らした彼女に少しばかり希望の光がさしかかる。
僕は最後に、自分の伝えたいことを言葉にした。
「ヒナタちゃん。僕はね、君自身の未来を、君自身の手で掴んでほしいと思ってる」
「わたしじしんの、手で…………?」
「そう。自分の力で、未来を切り拓くんだ」
「わたしが…………みらいを」
ヒナタちゃんは己が手を見下ろす。
その小さな手で、何を掴めるかはわからない。
だから。
「もちろん、僕たちは君のために最善をつくす。命にかえても君のことを守るから」
「当然です」
「まっかせてよ!」
「ふふっ」
「――――――っ」
一瞬、ヒナタちゃんは大きく目を見開いた。
それからうつむき、すぐに顔をあげる。
――――そこに、さっきまでの彼女はいなかった。
ぼくたちに一言だけ、告げる。
「よろしくおねがいします」