獣に抗う者たち(3)
「大丈夫だよっ、コーくんっ」
自身の弱さを痛感し、死を受け入れた瞬間。
耳元に優しい声が流れてきた。
包み込まれるような温かいこの声を、僕は知っている。
「イッちゃんっ!? どうしてここに……ッ!」
「私もいますよ、ウシオさん!」
僕の横から風を切る音が聞こえる。
後ろから飛び出し、ヒナタちゃんを真正面から受け止めたのは黒執事のギンだった。
「二人とも、なんで……!?」
「詳しい話はあとっ! とりあえずコーくんの怪我の手当てをっ」
「うぐッ!? そういえば……ッ」
イッちゃんに言われて、痛みがぶり返してきた。
傷口を見てみると、そこを中心としてウロコが広がっている。
獣人に覚醒しつつあるのだ。
「症状が悪化してるね……っ。すぐに抗体を打たないとっ!」
「へ…………?」
イッちゃんの言葉に僕はとあるトラウマを思い出していた。どこかしらの赤鬼がしびれ薬をドでかい注射器でブスリとイかれていた気がする。
……まさかッ!
「ほいっ」
そのまさかだった。
イッちゃんは一メートル以上の大きさの注射器を生成した。
きらりと光る太い針の先端を向けて、笑顔をつくる。
「――――おしり、出して?」
「ガクブルガクブルガクブル」
これほどまでに人を恐怖させる笑顔があっただろうか。
ズキィ……ッ
「ぐァ……っ。頭が……っ」
「コーくんっ!? 時間がないのかも。……よぉーし、一思いにいくよーっ!」
「ちょっ、イッちゃん!?」
「えーいっ!(ブスリッ!!)」
「アーーッ!!」
勢いよくお尻に穴を開けられた。
ドビュドビュっと、薬が入ってくるのが分かる。腹の中がパンパンだぜ。
効き目はあっという間にまわり、僕の怪我と共にウロコも消えていった。
「ふぅっ、これでおしまいっ! ひび割れとケガも直しちゃうすぐれものだよっ」
「ありがとうイッちゃん。助かったよ!」
「ふふっ、どういたしましてっ」
なんだかいい雰囲気が流れ始める。
これは……キッスまで持って行けるか……っ?
「ちょっと二人ともッ! なにイチャイチャし始めてるんですか!? 治療が終わったら私を応戦してくださいよッ!!」
「「あっ、はい……」」
ちぇっ、せっかくのチャンスだったのにさぁー。それに……ちょっとくらい心にゆとりを持たないと、また獣人になっちゃうかもしれないし。
もったいないという気持ちをしょうがなく捨てて、頭を切り替える。
ヒナタちゃんと戦っているギンが一旦こちらに下がってきた。
僕はこれまでの成り行きを二人に説明する。
「つまり、あの子は獣人になりたての女の子で、治る可能性があると?」
「そうなんだ。イッちゃん、できそう?」
「完治させる薬を作れるかはわからないかもっ。でも、できるだけやってみるねっ」
「うん、お願い」
イッちゃんに薬を生成してもらう間、僕とギンはヒナタちゃんの足止めを担う。
薬の完成を待つだけだ。
「アオオオオォォォォンンッ!!」
「いくよ、ギン!」
「ええ、参りましょう」