獣に抗う者たち(1)
――――ボクの出番ダネ。
光の届かない心の奥底から、闇を誘う声が聞こえてくる。
ソイツに任せれば、もう悩むこともない。深海のような静けさの中、ただひたすらに眠っていればそれでいい。
苦しむことなんか、ないんだ。
「…………――かよ」
ゆらりと立ち上がり、キッと目の前を見据える。
「誰がお前なんかに頼むもんか! 僕はもう、誰一人として傷つけたくないんだ……ッ!!」
「ワオオォォォォォォンンッ!」
「待っててね、ヒナタちゃん!!」
襲いくるヒナタちゃんに呼びかけ、僕は再び動き出す。
水を浸かった忍術はダメだ。きっと、さっきみたいに蒸発させられるから。
「だったら、炎の力を借りる!」
シュババババババッ
素早く印を組み、手のひらを合わせた。
パン……っ!
「操火の術!」
ポウ、シュバ……ッ!
僕の背後に生まれた四つの火の玉を操り、ヒナタちゃんの周りで自由自在に動かす。
この術の目的は彼女の混乱と体力の消耗だ。動物は本能的に炎を恐れる。ヒナタちゃんはイヌの獣人なんだから、効果てきめんなはず。
「クゥン……ワンワンッ!」
思惑通り、ヒナタちゃんは火の玉を恐れ、懸命に吠えている。
「よし、次だ!」
自分の手足のように僕は続けて火の玉を操作した。
加えて、新たな術を発動する。
シュババババババッ!
「蛇鉄線の術!」
ズモモモモッ
土の中から微量の砂鉄が集まり一本の線となる。糸電話のように、細い砂鉄の糸が僕とヒナタちゃんをつないだ。
僕の連打は止まらない。
シュババババババッ!!
「電電連の術!!」
ビリリリリリリリリッリ!!
「――――――ッ!!」
砂鉄の糸を伝い、僕の手から生じた電流がヒナタちゃんの身体を駆け巡る。
電気は筋肉に無差別な命令をあたえ動きを奪う。
これで終わりだ……ッ!!
シュババババババッッッ!!!
「土守廊の術……ッ!!」
「バゥッ!!?」
ズゴゴゴゴゴゴ……っ
ヒナタちゃんの足元の周りが隆起し、あっという間に彼女を包んでいく。まるで、土でできた棺桶にでも閉じ込められたようだ。
「クゥン……っ」
動きを完全に封じられ彼女が弱々しい鳴き声をだす。
僕は思わず深い息をこぼした。
「はぁ……ギリギリの戦いだったぁ」
忍術を連続で使って、もうエネルギーが底を尽きそうだ。
ぐぐっと背伸びして、気持ちを切り替える。
「さて、ここからイッちゃんたちに助けを求めなくちゃ……」
だけど、どうやって呼びに行こうか。
ここからだと宿屋まで近いから、歩いて――――
「……この状態のヒナタちゃんを置いていけないよなぁ」
土の棺桶に閉じ込められているとはいえ、知らぬ間に破壊されてしまっては大変なことになる。
「となるとヒナタちゃんを連れて宿屋に?」
僕は右手から出ている砂鉄の糸を眺めた。この糸の先がヒナタちゃんに繋がっているから、まるでペットのリードみたいだ。
「うまい具合に、ヒナタちゃんはイヌの獣人だもんね」
砂鉄の糸を見つめながら僕は力なく笑った。
……と。
「あれ……? なんか、糸が増えているような」
目をこすって再び視線をやる。
「なぁんだ。小刻みに振動してるから増えてるように見えたのか」
何気ない答えに肩から力が抜けた。
「…………ん?」
――――振動……?
次の瞬間。
ブシュアアアアアアアッッ!!
「ぐあぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!」
僕の右手は、深く深く切り刻まれた。