子犬の少女(5)
「ワオォォオォォオォォオォオォンンン…………ッ!!!」
咆哮の直後、身動きの取れなかったヒナタちゃんが底なし沼から脱出することに成功した。
「ガルルルゥ……っ」
「なっ、どうしてっ!?」
鳴りやむ爆音に意識がくらむ中、懸命になって答えを探し出す。
底なし沼が微妙に変化している。水分がとび、砂がまざった粘土のような状態だ。
「まさか、振動で泥の水分を蒸発させたのか……っ!?」
現実的に考えても、ありえないことだった。
しかし、実際にヒナタちゃんは脱出している。
「く……っ!」
これ以上、僕は深く追及できなかった。
自由の身となったヒナタちゃんが襲いくる。
「アンアンッ!!」
四足歩行にうつしたヒナタちゃんの速度が爆発的に向上する。身をかがめているため低位置から僕の腰元にむかって攻撃を加えた。
「うおっとッ!?」
伸びてくる鋭い爪を足で防ごうとするが、ヒナタちゃんの顔が脳内にちらついて思わず腰を後ろにそらす。その判断が大きな間違いだった。
腰を曲げる形となった僕に追撃をくわえるヒナタちゃん。
僕はこれ以上腰を曲げられず不利な姿勢のため避けることが出来ない。
ドスっ、ドドドドドッ!!
「うぐあ……ぁッ!!」
獣人特有の圧倒的な力を込めた拳が腹部に何発も入れられる。鈍い音が続き鉄臭い液体が口に流れ込んだ。
ヒナタちゃんの連撃は止まらない。
スッ
砂ぼこりを舞わせることもなく華麗に飛び跳ねる。
腰のバネを十分に発揮させ強烈なケリを僕の顔面に浴びせた。
バギャ……アッ!!
「ガァ……ッ!?」
視界が一瞬にして暗転する。
自分がどういう状況に立たされているのかが分からない。
数秒してか、背中に強い衝撃をうけた。
それからぼとりと倒れ込む。
ここでようやく、僕は蹴り飛ばされて公園の木にぶつかったんだと気がついた。
「…………ッ」
視界がチカチカする。
思うように息ができない。
立とうとしても筋肉が緩み、足腰はおろか腕にさえ力が入らないのだ。身体全体がプルプルと震え、電気風呂に入った時のように、四肢を思うように動かすことができない。
ザッザッ
著しく低下した聴覚が鈍い音を捉える。
ヒナタちゃんが僕にとどめをさそうと近づいているんだ。
―――――ボクの出番ダネ。
頭痛と共に、誰かの声が頭の中に響いた。