女の子の特権(4)
温泉で気絶した僕が目を覚ましたのはそれから数時間後のことだった。イッちゃんはいつものように心配してくれたし、アミちゃんに至っては「すごい生命力だね……」とビビッていた。
現在僕たちは宿屋の自室で円になっている。
視線を注がれているのは今回の騒動の中心人物。
男から女へとメタモルフォーゼした執事のギンだ。
「ねぇ、ギンさんやい」
「……はい、なんでございましょう」
一筋の汗を垂らしてギンが返事する。まるで刑事から取り調べを受けているみたいだ。
僕はほうっと語った。
「僕はとある夢を見た気がするんだ。夢の中で僕は男友達と温泉に入っていてね」
「…………はい」
「だけどね、突然不思議なことが起こったんだよ。何が起きたと思う……?」
「…………私が女の身体に変わりました」
「その通り……ッ!!!!」
僕はカッと目を見開き立て続けに喋り倒した。
「男のはずのお前が何故か女の子になってるの!! 胸はちょっとふくらんでるし、エクスカリバーは白桃に変わってるしで――――」
「あんたは私の身体をそこまでじっくりと見たのか?」
「ごめんなさい見てないですだからその剣を下ろしてください」
ガラッと雰囲気を変えたギンがサーベルを生み出し僕ののど元に剣先をむけた。この人急に怖くなったんすけど…………。
逆転された僕はおどおどしい口調で尋ねかけてみた。
「あの……結局、ギンは男なの? それとも女の子なの……?」
「言ったでしょう。私は『男』であり『女』でもあるのです」
「…………?」
矛盾する内容に僕は頭をかかえる。
男であって、女でもある? クジラよりも大きくてアリよりも小さい生き物はなんですか?っていうナゾナゾと同じようなものじゃないか。
いや待て。
男であって女でもある。
つまり聖剣をもちながら、それを収める鞘も持ってるってことか……ッ!
「わかった……ッ! ギンはふたな――げぶんっ!?」
「何言おうとしてんだバカっ!!」
真実を告げようとした僕は音速ナックルの餌食となった。世界狙えるぜ、その拳…………ゲフ……ッ。
僕がピクピク震える一方でギンは腰に手をあててこう言う。
「私は『男の身体』にもなれて、『女の身体』にもなれるんです!」
「だ、だから……どういうことよ……?」
いまいち理解できないんですけど……。
ぶたれた頬をさすりながら体を起こす。
するとイッちゃんが横からギンに声をかけた。
「実演したほうが早いんじゃないかなっ?」
「そうそう! ウシオくんにはそれが一番だよ!」
アミちゃんもイッちゃんの意見に賛同する。
「やれやれ、わかりました……。ほらっ、見ておて下さいよウシオさん」
「う、うん」
二人の提案を受け入れたギンが実演を始める。
「今の私は『女の身体』です。ほらっ、瞳が赤いでしょ?」
顔を近づけて、スッとキレた瞳を見せつけてくる。
これに僕は、あっと思い出した。
「そういえば僕、ギンの瞳の色に疑問を持ってたんだよね! 赤かったり蒼かったりしてさ!」
「それが男女を見極めるポイントです。いいですか、行きますよ?」
んっ、とギンが色っぽい声を出した直後、みるみるうちに身体が変化していった。丸まった身体つきに、男らしいごわつきが生まれ始め、顔つきもどこか凛々しくなっていく。執事服の上からだとあまり分からないが、じっと注意して見てみると些細な変化に気づくことが出来る。
ものの数秒しないうちに、男のギンに変身完了した。
「どうです、ウシオさん。これでわかっていただけましたか?」
「イエス、ビックリでござんす!」
「ふふっ、それは何よりです」
ギンがさっきよりも低い声で惚れてしまいそうな笑みをこぼす。ほんとに男になったんだなぁ…………。でもやっぱり……女の子のほうがいいなぁ…………。
鼻血の影響か。低血圧の僕の思考回路は、なにやら鈍っている。
「ギンさんやい。もう一度、女の子になってもらえませんかね?」
「どうしてですか?」
「いや、男から女の子になる様子も見ておきたくて」
巧妙な言い訳がスラスラと浮かぶ。
低血圧なのに本能の力ってすごいなぁ、なんて感想をいだいた。
「わかりました。では注意してみてくださいね。よっ」
ギンが少しばかりの気合いを入れると肩幅が徐々に小さくなっていった。顔つきも幼くなり、女の子らしい顔立ちになる。
が、僕はここで違和感を覚えていた。
「はい、もう『女』ですよ。満足されましたか?」
「うーん。なんか物足りないんだよなぁ」
「物足りない、とは?」
「なんというか、女の子になった気がしないというか……」
腕を組み目を閉じて集中する僕。
女の子の要素といえば…………。
――あ…………っ!!!!
「胸だっ!! 胸が小さいんだ……ッ!!!」
「死んでください」
ドスっ
音速をこえた光速の領域で、正拳突きを浴びせられる。
「ぐおぉぉぉぉ…………っ」
お腹を抱えてうずくまる僕をイッちゃんとアミちゃんが覗いてきた。
「もうっ、ダメだよコーくんっ。女の子にそんなこと言っちゃっ」
「でりかしーがないですね、でりかしーがっ」
ぷうっと頬をふくらませる二人に僕はふと疑問を抱く。
「ふ、二人はギンの秘密を知ってたの……?」
「もちろんっ」
「私なんか初めて会ったその日におしえてもらったよー」
ぼ、僕だけ知らなかったのか…………。
「……うぅ、ぉぉぉ…………っ」
お腹に鈍痛、心に鋭い痛みを覚え、僕はしばらくの間うずくまった。
*
その日の夜、僕は目が冴えて眠れなかった。
どうせだからと、夜の白い街で散歩することにする。