女の子の特権(2)
「…………ッ!! ねぇ、あれ見てイネ……ッ!!」
「うひゃあ……っ!!」
悲鳴にも近い叫び声をあげて、女の子たちがお店に向かって走り出した。見失わないよう、僕とギンが慌てて追いかける。
「ちょっと、イッちゃん!? どこにいくの!」
「アミもそうですよ! 早く出発しなくては間に合いません!」
走りながらそう呼びかけるが、彼女たちは聞く耳持たず。
馬の耳に念仏である。
「うわぁ……っ! この服かわいい!」
「イネイネ! これなんかどう?」
「すっごいっ! アミちゃん、これも見てっ!」
「うはっ! 最高だよ!」
「「はぁはぁ……」」
ようやっとお店の前についた僕たちは息を整えながら前の看板の文字を読んだ。
『ファッションセンターしましま』
どうにも似つかわしくないネーミングセンスに首をかしげる。
「……服屋さんかな?」
「はい、そうです。ここしましまはこの世界における唯一の服屋なんですよ」
「へぇ~」
四方50mにも及ぶ巨大な建物を見上げて、僕は感嘆の声をもらした。例外を除いてこの世界には基本的に大理石でできた小規模の建物しかない。
その例外というのが商店街には似合わない大型の建物と木造の宿屋だ。
「そんなことよりウシオさん。早く彼女たちを連れ戻さないと」
「だね。いこうか」
陳列している衣類を手に取りはしゃぐ女の子たち。気持ちは分かるんだけど、そんなことをしている暇はない。事が落ち着いたら連れてきてあげよう。
そんなこと思いながら僕は女の子たちに声をかけた。
「イッちゃんにアミちゃん。服を見たい気持ちはわかるんだけど……そろそろ時間が」
「これ見てこれ! アダルティーな服だねー!!」
「もうアミてばっ! 恥ずかしいよっ!」
スケスケのスケベ服を手にきゃっきゃと盛り上がる女の子たち。
僕は飛び出そうになる鼻血をおさえながらも説得を続けた。
「ほらっ! 今から行かないと日が沈んじゃうよ?」
「イネっ! これ着て頑張っちゃいなよ!」
「うぇえっ!? そんな下着なんてつけられないよっ!」
布面積が極限にまで削られた下着を差し出され、真っ赤になるイッちゃん。無理だと言い張りつつも、さりげなく受け取っていた。
色々と我慢できなくなった僕は多少強引な言葉を使ってしまう。
「ちょっと二人とも! 僕らは服を自由自在に変えられるんだからそれでいいじゃん!」
「「「それは違うっ!!!」」」
僕の主張に女の子たちは声をそろえて反論してきた。
っていうか――――
「どうしてギンまでそっち側なのさ!!」
「うっ!? つ、つい…………」
ルビー色の瞳をしたギンがばつの悪そうに目を背ける。
ギンってこんな瞳だったっけとか思いながら僕は諦めず説得を続けたのだが。
「ギン! これ似合うと思うんだけど……」
「こんなもの私はつけませんよ!?」
「わたしはアミのほうが似合うと思うなぁっ」
「まさかの逆襲ですと……ッ!?」
ギンまで加わった女の子たちの勢いに僕は為すすべもなく立ち尽くすだけだった。
*
「……そういえば、ギン。僕の事裏切ってたね……」
「ギク……っ」
隣で温泉を堪能しているギンに僕は視線を送りつけてやった。
口が見えなくなるまでギンはお湯に沈む。ぷくぷくと、泡がいくつも生まれた。
これが女の子だったらなぁ、なんてガッカリする。
「ギンが女の子だったら、きっとシオンも喜んでたんだろうな」
「…………はい?」
蒼い瞳がこちらに向けられた。
「いやまぁ男のギンにこんなこと言うのはおかしいんだけどさ、ギンって超美形でしょ? 性別が違ったら、きっと美人だったと思うわけよ」
「…………」
「一緒に過ごしたシオンも同じこと思ってたんじゃないかなぁ」
自分でも妙なことを口走ってるなぁとか思いながらギンに話しかける。
……あれ? ギンの瞳って、赤かったっけ。
目をこすって再び見てみると、ギンの瞳は確かに赤かった。さっきは蒼かったはずなのに……。見間違い……かな?
不思議な出来事に首をかしげていると不意に声がかけられた。
「……ウシオさん、私が女だとしたら……どう思いますか?」
「そ、それは……さっきも言ったように可愛かったんじゃないかな……?」
これまた不可解な質問に僕は頭を悩ませる。
と、一筋の記憶が僕の脳裏をよぎった。
……ギンって、ソッチの気があったような。
ガタガタガタガタガタッッ!!!
ビシャビシャビシャビシャッッ!!!
身体が震え、お湯が音をたてる。
シ、シオンの過去の話だと……ギンはシオンに好意を寄せていたような……?
憶測が憶測を呼び、恐怖に支配されていく。
まままままままずい……ッ!!!
ヤられる…………ッ!!!
覚悟を決めたとき。
バシャアっと水しぶきをあげ、ギンが立ちあがった。
「――――ッ!!」
目の前でぶら下がっているだろうブツから慌てて視線を外す。
が、一瞬遅れてギンの裸が目に入ってしまった。
――――想像していた身体とは違った。
白くすべすべとした肌は女性特有の柔らかみを帯びていた。男らしい骨格はどこにもなくスラっとはしているが女性らしい丸まった体型をしている。
胸部は少し、膨らんでいて。
男の象徴たるブラブラリーンは、どんぶらこーだった。
さっきはちゃんと、付いていたのに。
ゴツゴツで、男らしい筋肉もあったのに。
衝撃的な出来事に、僕は思わず思考を放棄してしまう。
鼻血を出すことすらなかった。
固まる口から、自然と声がこぼれる。
「…………女……の…………カラダ?」
震える唇が言葉を紡いだ。