こんばんは、メイドさん(3)
「私の能力……ッ! それはぁ――なんと『味』を自由自在に変えられる能力なんです!!」
シン…………っ
夏祭りのごとくボルテージの高まっていた場に極寒の冬のような静寂が訪れる。
「アールの能力って……『味』を変えるだけなの?」
「え? そうだけど?」
「いい匂いで相手を錯乱させたり、周りの空気を超辛くしたりとかして……なんて」
「ん? どういうこと?」
「………………」
アールの反応をうかがって、すべてを悟ったナツミ。期待が大きかった分ショックが大きいのだ。
内心わくわくしていたリュウまでもがポカンと口を開けている。
「あれ……? みんなどうしたの?」
状況を察していないアールだけが妙な存在感を発揮していた。
「さ、さて。次はそちらのお方たちに自己紹介をしていただきましょうか」
「……お、おう」
この中で一番慣れているリンが強引に流れを変えた。
指名されたリュウが立ち上がり、自分の名前を口にする。
「……俺はリュウ。見ての通り『冒険者』だ」
「……あたまにお面をつけた『怪盗』さん……?」
「……まぁな。これからしばらくの間、世話になる」
「はて? 世話になるとはどういうことなのでしょうか?」
首をかしげるリンに、リュウはようやく、ここまでに至った事情を吐露することができた。
この世界には『革命』を起こそうとする者たちがいること。
連れ去られた仲間を取り戻そうとして返り討ちに遭い、王宮の地下に閉じ込められていたこと。
『革命軍』は、この王宮の内部に潜んでいるということ。
「……以上が、俺たちの知っている限りのことだ」
全てを物語ったリュウは出されたお茶に口をつけた。
まだ温かいそれは高鳴る鼓動を落ち着けてくれる。
「……『革命軍』。あたしが倒す」
「何言ってるのビイちゃん! 私が先に倒すのよ!」
「……二人とも、落ち着きなさい」
近くにあったはたきやバケツを手に闘志をもやすビイとアール。
一方、冷静沈着なリンは口に手をあてていた。
「申し訳ありません。この件につきましてはメイド三人だけで、もう一度話をさせていただけませんか?」
「……あぁ。考える時間は必要だからな。ただし」
「口外厳禁、ですわよね」
話の通じる相手にリュウはふっと笑みをこぼす。
するとナツミがリュウの横腹にひじを入れた。
「……おごっ!? な、なにすんだよナツミ!」
「べつにぃー」
ナツミが頬をふくらませ、そっぽを向く。
そんな光景をリンは微笑ましく眺めながら、
「では最後に、ナツミさん。よろしくお願いしますわ」
「え? あっそっか、私が残ってたのか……っ!」
「……しっかりしろよな」
「べ~だっ!」
んべっと舌を出した後、ナツミはメイドに向かって立ち直った。
「私はナツミっていいます! このバカと同じ『冒険者』で、ハナの親友です!」
「……『怪盗』のつぎは、『探偵』さん……?」
「まぁね☆」
ポツリとこぼすビイに向かって、ナツミはお茶目なウインクをとばした。何気に親友といわれたハナの頬がうっすら朱に染まっている。
全員の紹介が終わったところで一旦メイドたちは別の部屋へと移った。
リンの言っていたように、『革命軍』について話し合うのだろう。
現在テーブルを囲んでソファに沈んでいるのはリュウにナツミ、それとハナだけだ。
彼らも彼らで別れたあとの出来事を共有していた。
「なるほど……どおりでシオンの姿が見当たらないわけですわね……」
「……早く助けないと、あいつの命がないかもしれねぇ」
「王を殺して『革命』を達成するため……ですか」
「……あくまでも仮説だがな。シオンを操ってこの世界を支配するなんてことも考えられる」
痛切な現実に、ハナの表情が曇っていく。
「……シオンが死ぬのは嫌だよな?」
「そんなの当然ですわ! あの人は……ッ!! ……――――な、なんでもありません」
途中で口をつぐみ、明後日の方向を見つめる。
ハナの気持ちを配慮したリュウが総括してこう言った。
「……そうとなればやることはたった一つ。早急にシオンを探し出すことだ」
「この王宮のどこかに必ずいるはず……。何が何でも見つけてみせますわ」
これからの方針を固めた二人が決意を新たにする。
と、そのわきから眺める少女が一人。
「…………そ、そうだねっ! がんばろーっ!!」
「……ナツミ。お前、今の話どれくらい理解できた?」
「も、もちろん百パーセントだよ~! ねぇ~ハナっ!?」
「わたくしに同意を求められましても……」
不穏な視線がナツミに突き刺さる。
これ以上はまずいと察知した彼女は別の話題を振った。
「そ、それよりもさ、どうしてハナがここにいたのかを教えてよ! イネはどうなったの?」
「……そうだな。ウシオたちはどうしたんだ?」
「それは…………」
ハナは戸惑った。
自身が『赤い向日葵』と化して暴走したこともそうだが。
何よりもウシオの身にあった出来事を伝えるべきなのかどうか。
しばらく言いよどみ、彼女は『赤い向日葵』以外のことを打ち明けようと決心する。
それはこの場で言うべきことじゃないから。
「実はですね――――」
彼女は伝えた。
ユーリという包帯少女の手からイネを取り戻したということを。
王宮のメイドたちに力を借りようと思いつき、一人でここまでやってきたということを。
そして――――ウシオが完全に『獣人』として覚醒してしまったということを。