実験場(3)
赤髪のメイド・アールに先導され、リュウたちは王宮の中心部へと続く階段を登っていく。進んでいくにつれ周りの景色が変わってきた。
ざらついた地下の壁とは異なり見事なまでに美しい白い石灰でできた内部。飾られた絵画やカーテンなどはまさに、白いキャンバスを彩った作品のようだ。
変わっていく景色を眺める一方、リュウはふと疑問に思った。
「…………なぁ赤髪。お前以外に誰もいないみたいなんだが……なぜだ?」
「もう、私はアールっていうのよ。何度言ったらわかるの」
名前を呼んでもらえないアールが、ぷうっと柔らかいほっぺたを膨らませる。
「気にすることはないよ、アール。リュウはシャイボーイなだけだから」
「あー、なるほどね」
「……余計なこというなよ、ナツミ!」
たじろぐリュウの声が王宮内に反響する。
「ちょっ、リュウ! 声でかいってばっ!! 誰かに聞こえちゃうよっ!!」
「……お前も十分でかいだろうがッ!!」
「どっちもどっちよ…………」
二人の痴話げんかに呆れ、ため息をつくアール。
さきほどのリュウの質問も兼ねて彼女はこう言った。
「落ち着いてよ二人とも。誰も気づかないから心配ないわ」
「「どういうこと(だ)……ッ!?」」
「う……っ」
勢いよく二人に詰め寄られアールは思わず一歩引く。
こいつらホントは夫婦でしょとか思いながら彼女は説明した。
「もう月が昇っている時刻よ。みんな”眠り”についてしまっているわ」
「……いやいや。だからってみんながみんな寝てるわけじゃないだろ」
「いいえ。みんな眠っているし、起きることは決してないのよ」
断固としたアールの口調にリュウとナツミは顔を見合わせる。
「あんたたち、この”世界”にきてどれくらいなの?」
「……どれくらいって……半年くらいか?」
「そう、ならしかたないのかもしれないわね。いい? この”世界の住人”はね、夜に活動できないの」
これをはじめとしてアールがこの世界のことを色々教えてくれた。
夜になると『一般の人々』は活動できないこと。
活動できるのは『特別な力』を目覚めさせた人だけということ。
その中に『獣人』が含まれているということも。
「ちなみにね、私たちメイドも『特別な力』を持ってるのよ?」
「……俺たち『冒険者』みたいな能力なのか?」
「そんな大したものじゃないわ。ちょっとした特技みたいなものね」
「え~!? ねえアール、私見たいかもっ!」
「また今度ね。ほらっ、目的地についたわよ」
話をしていると、あっという間についてしまった。
天使や悪魔の彫られた扉がリュウたちの目の前にそびえたっていた。百八十センチほどあるリュウの身長の二倍くらいはありそうだ。
ドアがこの規模なのだから部屋の中は相当広いのだろう。
「私たちメイドの暮らしている部屋よ。今日からここで隠れて過ごしてもらうことになるわ」
「……私たちってことは、他にも何人かいるのか?」
「そうね。他のメイドにはあんたたちのことを紹介するつもりよ」
「疑うわけじゃないけど……信用できる人たちなの?」
リュウの背中で眠るリコを心配しながら、ナツミが尋ねる。
アールは問題ないわとうなずいた。
「今は王宮内を巡回しているけどすぐに帰ってくるわ。すごくいい人たちなんだから」
「よかったぁ……」
「それじゃ、さっそく中に入りましょ。早くその子をベッドに寝かしてあげたいでしょ?」
どこか焦りの色を浮かべている二人を見て彼女はくすりと笑った。
キイィっと音をたて、大きな扉が開かれる。
「あれ? リンにビイちゃん。もう帰って来てたの?」
「あら、アール。おかえりなさい」
「……おかえり…………って、だれ?」
「「――――――」」
目前に広がった光景にリュウとナツミは息を呑んだ。
すでに他のメイドたちが戻っていたことに、ではない。
青髪と緑髪のメイド二人以外の、いるはずのない人物がそこにいたからだ。
「――――――っ」
当の本人も目を見開いて言葉を失っていた。
黒と白を基調とした、この王宮のメイド服で身を包んだ女性。綺麗なオレンジ色の髪をポニーテールでまとめ、そこにアゲハチョウをかたどったかんざしを刺している。
目をあわせた三人はややあってから同時に叫んだ。
「「「どうしてここに(いるんですの)!!?」」」
リュウたちの目の前に現れたのはウシオ達と共に行動しているはずの――――ハナだった。