実験場(1)
「……なんでリコがこんな目に遭ってんだよ……」
王宮地下の一角に位置する『人体実験』のような部屋。逃走する赤髪メイドを追いかけた末、リュウたちは偶然にもこの部屋にたどりついた。
いくつも並べられている緑の液体に満ちたカプセル状の設備。
その一つに、シャバーニに連れ去られたリコが入れられていた。肌着何も身に付けず呼吸器のようなものを取り付けられ眠っている。それは、実験されているモルモットの一体のようで。
「……許さねえぞ、『革命軍』ども……ッ!!」
ふつふつと怒りのマグマが煮えたぎる。
「……革命、軍……?」
「……あん?」
「あんた今、『革命軍』って言ったの……?」
リュウの声を拾った赤髪メイドが、幽霊でも見たかのような表情で恐る恐る尋ねてくる。
対してリュウはぶっきらぼうに答えた。
「……あぁ『革命軍』だ。この世界に変革をもたらそうとしてるヤツらのことだよ」
「な、なによそれ……? 私、そんなの聞いてないわよ……っ!」
「……テメエのことなんて知らねえよ……ッ!」
「ちょ、ちょっとリュウ! 落ち着いてっ!」
『妹』をひどい目に遭わせている革命軍が許せないのか。はたまた、乱用している”炎竜鎧”の術の影響か。
いつもは冷静なはずのリュウが、赤髪メイドに対して声を荒げた。
心を乱す二人を取り繕うように、ナツミは仲裁する。
「メイドさん。詳しい話はまた後でするから、とりあえず先にこの金髪の女の子をカプセルから出してもいいかな?」
「……わ、わかったわよ」
「リュウもそれでいいよね?」
「……チッ」
「舌打ちしない……っ!(パチンッ)」
「……すみませんでした」
「こわい人ね……」
態度の悪い子には厳しいおしおきを。愛のムチとは、まさにこのことである。
「さて…………どうやって開けるんだろう?」
リコの入ったカプセルの前でナツミは腰に手をあてた。カプセルには多くの色のボタンがついており、どれを押せばいいかわからない。
「……こんなもん、適当に押しておけば開くだろ」
頭を悩ませるナツミに呆れ、リュウが赤色のボタンに手を伸ばす。
「あか~~~~ん……ッ!(ペチィっ!!)」
「……手がぁーっ!!?」
伸ばした手の甲をナツミは光の速さで叩き落とした。赤くなった自身の手をふうふうしながら涙目のリュウが抗議する。
「……なんでダメなんだよ!? 間違ってりゃ別のやつ押せばいいじゃねえか!」
「何バカなこと言ってんのっ!? それでもし爆発しちゃったらみんな死んじゃうでしょ……ッ!?」
「……んなわけあるかァ……ッ!!」
現実離れしたナツミの発言にリュウは思いがけずツッコミを入れてしまう。
ただ、ナツミのお説教は止まらない。
「可能性はゼロじゃないじゃん! それにここ、人体実験場か拷問場か知らないけどさ、見るからにヤバイじゃん!」
「……うっ」
「ボタン押して電流が流れたり液体が加熱されたりしたらどうするの!? リコちゃん死んじゃうかもしれないよっ!? でしょッ!!?」
「…………ごもっともです……」
「だったらむやみにボタンを押さないッ! わかったら返事ッ!!」
「……はい」
圧倒的奥さんスキルを前にして男であるリュウは為すすべなし。
「……ガクブル」
傍から見ていた赤髪メイドまでもが恐れおののくほどであった。
ともあれ。
「うーん。結局どーすればいーんだろうな~……?」
再び十数個のボタンを目の前にし、腕組みするナツミ。
しかし、意外にも彼女は数秒もしないうちに手を出した。
「このボタンっぽいからこれでいいや」
「「おいぃィィィィィイイイイイ……ッ!?」」
あれほど説教していたことをケロっとやってのけたナツミに、リュウだけでなく赤髪メイドまでもが驚愕した。
「え? なに、二人とも」
「……なに、じゃねえよッ!! おまっ、さっき俺に注意したばかりじゃねえかッ!!」
「んん……?」
「ボタンの話よ! 間違ったやつを押したら電流ビリビリじゃなかったの!?」
「……あっ! やっちゃった……っ!」
「やっちゃった、じゃねえ(ないわ)よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおッ!!!」
ポチリ。
あわれ。
今更気づくナツミの指先は、すでにボタンを押し込んでしまっていた。