ボクの物語の終わり
ボクと彼女は世界の傷を治して回った。
世界の傷はたいそうな言い方かもしれない。
ただし傷ついた者たちを癒すという面ではぴったりな言い回しだ。
*
分厚い雲が空を覆う。
ボクの目の前に二重構造の城壁が左右にひろがっている。まるで古代ローマのような建築物がたち並んでいた。名もなき王の石像や、不死鳥、阿修羅といったように文化の入り混じった異質感がそこにある。
その中心にらせん型の塔が天高くそびえ立つ。
頂上には古びた首切り台がぽつりとたたずんでいる。
「……っ」
ボクは息を呑んだ。
首切り台に彼女がかけられているのだ。
「イッちゃん!」
「ほう、まさか君がここまでたどり着くとは!」
ボクの呼び声はかき消された。
彼女のすぐそばの黒装束の男が宣戦布告をうたったのだ。
「ご機嫌はいかがかな?」
「ふざけるな。彼女に何をするつもりだ……ッ!」
「なにって、処刑だよ処刑」
彼はあくまでも軽々しく、朝食は米じゃなくパンだといわんばかりの調子で言う。
ボクはあたりの様子を見渡した。
彼女はただ気を失っているだけで息はある。黒装束の男のもつロープさえ奪えばひとまず彼女の安全は確保できるだろう。
話はそこからだ。
しかし事態は急変した。
男の手からロープが離れたのだ。
力の均衡がくずれた今、彼女の真上のギロチンが刃を光らせる。
「おっと、手が滑ってしまった」
意図的なのは分かりきっていた。だが、そんなことはどうでもいい!
ボクの能力である『瞬間移動』を使い、瞬く間に斬首塔のてっぺんへと移動する。
男の不意をつき蹴りとばした。彼は重力のなされるがまま塔の真下へと落ちていく。
ボクはあがりゆくロープに手を伸ばした。
ガッ
「残念だが私も『瞬間移動』できるんだよ」
突如として背後に現れた男の手がボクの腕をつかむ。
これではロープに届かない。
地を蹴って片方の手でロープに手を伸ばすが、そちらも簡単にホールドされてしまった。身体をひねろうとしたところで余裕はない。
諦めてたまるものか……ッ!!
歯を食いしばりロープをにらみつけるが――――瞬間、予想外の出来事が起こった。
「ありがとうっ」
彼女がこちらに振りむき笑顔を見せたのだ。
いつ目覚めたのだとか、自分の状況を理解できているのかなど、そんな疑問はもはやどうでもよかった。
どうして笑うんだ。
これじゃあまるで君が救われたみたいじゃないか。
ストンっ
あまりにもあっけないものだった。
憎々しい刃はすでに動力を失っている。
そこに彼女の笑顔はどこにもない。
「あ、ああ……」
ボクは簡単に壊れた。
「ア、アア……ッ」
音の出るただの傀儡だ。
「ううううううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!??!?!」
一度壊れてしまえば楽なものだった。
内側からどす黒い感情の渦が溢れ出す。ちっぽけなボクが呑みこまれるのは速かった。
薄れゆく世界のなかで、弱々しく、けれど確固として誓う。
生まれ変わった『僕』は、必ず君を守り抜くから。
どうか、もう一度『ボク』に君の顔を見せてください。