わかってるなら、最悪ですね
「和睦くん邪魔をしてすまない、松永くんに用事があってきたんだ」
クラスの空気が一瞬で張り詰めた。花蓮さんは光に用事を伝えに来ただけだけなのだろう。
けどこの状況、どうみても洋画で見るマフィアの出入りにしか見せない。映画で血の気の多いマフィアの若い奴が敵対するマフィアのところに乗り込む光景だ。
一触即発、クラスの連中も息を呑んで遠巻きに見ていた。光は小馬鹿にした様子で花蓮さんを見つめている。
「何か用ですか? 委員長」
口調は丁寧だが鋭い刺のある言葉、その目からはハッキリとした苛立ちが見て取れた。
僕の全身から血の気が引いていく。獣同士が牽制しあっているようだ。
「数学の課題、出してないと先生が言っていたんでね」
「明日に出すって伝えましたけど?」
光は不快感を露わにした言葉で花蓮さんに返答する。その言葉の端々からは明らかな敵意が伝わってくる。完全に喧嘩腰だ。
「だけどね、提出は早くしろと先生が言っていただろう」
「だから期限は明後日ですよね」
「提出物は早めに提出するのが常識だと思うが?」
「それは、武市さんの常識ですよね?」
言葉自体は丁寧だ。正論を展開する花蓮さんに対し小馬鹿にしたように光は返答する。双方に理はあると思うが、この状況では口喧嘩にしかならない。
風花さんの方に目を向けると、風花さんは僕にだけ聞こえるように囁いた。
「もうすぐ止めるよ。私は花蓮さん行くから、光を頼む」
頷いて了解の意思を伝える。二人の方に目を向ける。花蓮さんは腕を組んで笑みを浮かべていた。どこか不適な笑みだ。一方の光は花蓮さんを見据えている。
「松永くんは不真面目だと思うけどね? 私の言ってること間違ってるかい?」
「武市さん、お節介な人間って嫌われますよ」
「それくらい承知しているよ」
「わかってるなら、最悪ですね」
「キミみたいな不真面目な人間よりマシさ」
クラス内の空気は張り詰めたまま。売り言葉に買い言葉、このままだとどちらかが手を出せば喧嘩に発展しかねない。そんな中、クラスの視線が僕らに集まっていた。
風花さんが目で合図を出した。二人を止めろということだ。僕は立ち上がると二人の間に割って入る。
「委員長、提出期限まだなんだから、そこまで言わなくてもいいと思うよ」
風花さんは柔らかい声で花蓮さんをなだめにかかっている。花蓮さんは納得出来ない様子で風花さんに話しかけている。
これで攻撃対象が光から外れた。僕は光の目を見ると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「光、落ち着け。びびってるぞ」
光は不機嫌な顔のままで周りを見回す。クラスメイトの顔を見て、状況を把握したようだ。小さく舌打ちをすると、教室から足早に出て行った。
「和睦くん、お願い」
風花さんは怒りが収まらない様子の花蓮さんをなだめている。光のフォローは僕にまかせたということだ。
当面の危機は去ったが、練習のキャンセルのことも含め、光の怒りを収めるためには苦労しそうだ。