花蓮さんのお誘い
空は綺麗に晴れ渡っている。空には雲一つなく、青空が広がり春の太陽は穏やかに照らしている。
僕の気持ちとは正反対の綺麗な空だ。昼休みに教室から窓の外を眺める。頭の中が空っぽになっていいリラックスになる。
昨日起こった出来事、ミズキくんとの出会いと花蓮さんとの約束、この二つの出来事のお陰で僕の精神は疲れきっている。
「どうしたの? 和睦くん」
幼いけど癖のある声がした。声のする方に目を向けると、丸っこくて少し垂れた目が僕を見ていた。
「風花さん? ちょっと物思いに耽ってるだけだよ」
昨日あった可愛い男の子のことが一日たっても忘れられません。おまけに花蓮さんから付き合いが悪いと拗ねられました。そんなことを言えるわけもない。
風花さんは僕の顔を覗きこんでくる。鼻筋も通ってで色白、猫みたいな口、背も小さく、穏やかな猫みたいな雰囲気を醸し出している。
グレーのブレザーに白いブラウス、水色のチェックのスカートという制服を身にまとっているが、少年みたいな体つきのせいか中性的な雰囲気だ。
「ゴメン。急に用事入って」
本当なら今日は総合格闘技部の練習に最後まで付き合う予定だった。だけど花蓮さんとの練習の約束をしたから居残りはできなくなった。
「いいよ。練習だけ付き合ってくれたらいいから。どうしたの?」
「花蓮さんのお誘い」
「委員長のお誘いなら断れないねえ」
まあ風花さんもその日の気分で練習を決めている。僕が途中で帰ってもなんとかなると昨日電話をした時に言っていた。打撃の練習をメインらしい。
「斉藤、話があるんだけど」
ざっくりとすいた短髪、ネコ科の肉食獣のような丸く鋭い目が僕に向けられている。
脂肪の少ない体にグレーのブレザーと白いワイシャツにネクタイ、黒いズボンを纏っている。筋肉が付きにくい体質のためか体は大きくない。
「今日、オレの寝技の練習に付き合うんじゃないのか?」
「光悪い、本当にゴメン」
不機嫌な様子を隠そうともしていなかった。光に寝技を教えると約束したそれを一方的にキャンセルしたんだから苛立つ気持ちはわかる。
「何で?」
実際、光の声から怒りの感情がひしひし伝わってくる。約束を破ったのは僕なので批判は甘んじて受けなければいけない。
「ゴメン、花蓮さんに誘われて」
「委員長のわがままか」
光の吐き捨てた言葉からは不快感がにじみ出ていた。
「まあまあ、光っち、落ち着きなよ」
こういう時に風花さんは役に立つ。穏やかな雰囲気と柔らかい声は相手を落ち着かせるのだ。
「だってさ、風花さん、今日寝技教えてもらうって約束したんですよ」
「和睦くんは私が無理言って付き合ってもらってるからねえ。それにジムの方も出ないと」
「だったら総合格闘技部はいいんですか?」
釈然としない様子で光は風花さんに聞いた。光にとっては数少ない練習の機会を潰されたのだ。罪悪感が僕の胸に広がっていく。
「なあ、光、埋め合わせするから」
光は不機嫌そうにため息をつく。不満を残しながらも納得してくれたみたいだった。
「どうしたんだ? 和睦くん」
嫌な声がした。この場に来ては絶対に行けない人間の声だ。声の方に視線を向ける。花蓮さんがいた。
光と花蓮さん、この状況下で会ってはならない二人が遭遇した。僕の背筋に冷たいものが走る。