百合好きだよ。悪いかい?
さくらさんは一枚のフライヤーを取り出した。月末に山陵市で行われるアニメのイベントらしい。
期間内は市内の中心部をコスプレで歩いても自由、声優さんのトークショーやアニソンのライブ、漫画家さんのサイン会、アニメスタッフのトークショーなど数多くのイベントがあった。
「ちょっと無理」
本音を言えば是が非でも行きたい。だけど、市内ということで僕の中に躊躇いが生まれていた。
「安心しい。ミズキくんは仲間や」
確かにさくらさんと一緒に女装コスをするんだから、僕らの仲間だと考えて間違いない。
だけど、同級生に目撃されたら、自分の趣味がバレてしまうリスクは高い。
「銀のエンジェルの監督さん来るよ」
僕の中の何かが反応した。銀のエンジェル、女子高生の恋愛もの、俗に言う百合もので、さくらさんに勧められて見事にハマった作品だ。
監督さんが来るってことはトークショーもあるだろう。ただこれは僕の中でもトップシークレットに属するものだ。
「同時にサイン会もあるよ。欲しいんでしょサイン」
去年の春、動画サイト限定で公開されたアニメ、一目見て気に入って、DVDを購入した。小遣いの大半をつぎ込んだが何の迷いもなかった。
「和睦さんって百合もの好きなんですか?」
思わず言葉に詰まる。あって数分もしていないミズキくんに自分の趣味を告白する度胸なんかない。
「和睦はこういうの大好きだよ」
穏やかな笑顔のままでさくらさんはあっさりと言ってのけた。見た目、普通の男子高校生がアニオタです。
というか、百合好きです。バレたら僕の高校生活は一巻の終わりである。
市民権を僅かながら得てきたとはいえ、アニオタは日陰の存在だ。学校ではバレないように、隠れキリシタンのように生きている。
公言する勇気など僕は持ちあわせてはいない。
これは脅迫だ。断れば、僕の趣味を洗いざらいミズキくんに暴露するという脅しにしか聞こえない。
「私の勧めで百合漫画を書い漁って」
「百合好きだよ。悪いかい?」
さくらさんの言葉を遮るように、ミズキくんに答えた。ここまで来たら腹を括って開き直るしか無い。
「銀のエンジェル、僕も大好きです。今度も雪のコスしようと思ってるんです」
どうやら、ミズキくんはわかってくれた。というか同好の士だ。
「見てください」
ミズキくんはカバンから白地の和服を取り出す。雪のコスプレ衣装だ。これをミズキくんが着たらと考えてみる。すごく似合う。
「付き合ってくれます?」
「……わかった付き合うよ」
「楽しみにしてます」
僕の心のなかの躊躇いが霧散していく。満面の笑みを浮かべているミズキくんを見ていると、断らなくてよかったのかもしれないと思えてきた。