私の目に狂いはなかった
「ただいまー」
玄関の方からのんびりした声が聞こえた。部屋の主で今回の騒動の元凶の帰還である。苛立ちを抑えつつ僕は玄関にいるさくらさんに声を掛けた。
「ちょっと来て」
怒りを表に出さないようにしたはずだが、抑えきれない怒りが少しにじみ出てくる。
「あれ、和睦、来てたん」
丸い垂れ目でショートヘアーを茶色に染め、身長も高くモデルさんみたいな体にパーカーとジーンズという格好、外見だけは相当可愛い。
コンビニの買い物袋をエコバックの隣に置くとゆっくりと腰を下ろす。僕とミズキくんが一緒にいるのを見てもさくらさんは慌てた様子は微塵もない。
肝が座っているのか、天然なのか、どちらにしてもさくらさんにはこの状況を説明してもらいたい。
「何を言いたいか解るよね?」
皆まで言わすな察しろという意志をこめた言葉を投げかけた。僕とミズキくんの顔を交互に見つめたさくらさんは納得したように頷いた。
「ごめん、伝えるん忘れとった」
のんびりした声だ。僕の心のなかで渦巻いていた苛立ちが急速に萎えていく。この人に怒っているのがバカバカしくなってきた。
ミズキくんは伏し目がちに僕らの話を聞いている。
「ミズキくんはコスプレ仲間、可愛いやろ、実はな」
「知ってるよ」
したり顔で僕を驚かそうとしたさくらさんに冷静に返答する。真顔に戻ると僕らの間で視線を動かす。
何か納得したのかイヤラシそうな笑みを浮かべていた。
「見たん?」
思わずため息が漏れた。気持ちを察してくれているだろうと少しでも思った僕がバカだった。
全身から力が抜けきっていたが、答えないわけにはいかないので言葉を紡ぐ。
「不幸な事故だよ」
「構わんやん。男同士なんやし」
男同士だから問題がない確かに一理はある。だけど、お互いが気まずくなることぐらいはわかって欲しい。
「とりあえず、ミズキくんとはどういう関係?」
「どういう関係って、イベントで知り合ったけどお互い意気投合してな」
どんなイベントか、聞かなくてもわかる。恐らくコスプレのイベントで間違いない。
「で、ミズキくんもコスプレしたいって言うから」
「ちょっと待って」
話を遮った。どうしても確認しなければいけない点があるからだ。男でコスプレしたいと言えば男キャラのはずだ。
しかしさくらさんはミズキくんに女装させている。理由がまったくわからない。
「何故女なの?」
目を宙に移し、考え込んだ後でさくらさんははっきりと答えた。
「雰囲気? 線細いし、声も中性的やし、絶対女の子の方がいいと直感で、和睦もそう思えへん?」
「まあ、そう思う」
「よっしゃ、私の目に狂いはなかった」
自信にみなぎる声でさくらさんは断言した。言いようのない倦怠感が僕の全身を覆っている。
初対面の時、僕が感じたあの雰囲気をさくらさんは女装していないミズキくんから感じた。その点でさくらさんの人を見る目は確かだ。
しかし方向性は明かに間違っている。しかし思うのと行動に移すのは話が別だ思わず頭を抱え込みそうになった。
「あの……いいですか?」
僕たちの様子を瑞希くんが不安気に見つめている。
「何で和睦さん会わせたんですか」
「本題忘れてた」
ミズキくんの一言でさくらさんは思い出したように僕に顔を向ける。
「一緒にイベント行こうか?」