「あれは引くぞ、ペットじゃあるまいし」
「オレは喧嘩は売らないよ。だけど売られた喧嘩は買う、そして血みどろになるまでやってやる」
不機嫌な声が柔道場に響く。物騒極まりない言葉を光は口にする。昼休み、約束通りに柔道場に行くと、光は古くなった畳にあぐらを組んで座っていた。
怒りは未だ収まっていないのか、その眼光は鋭い。光の隣に腰を下ろすと落ち着かせるように僕はゆっくりと声を掛けた。
「いいか、今の花蓮さんは最悪の状況だぞ。最も凶暴なんだ」
花蓮さんは自己嫌悪の真っ只中にいる。手負いの狼みたいなものだ。
そんな花蓮さんにきつい言葉を掛けると、花蓮さんの攻撃性が暴発する。そうなれば泥試合になることは目に見えている。
「怒りが収まらないんだよ!」
光の中にある鬱憤が僕に向かってきてる。花蓮さんに向かうよりはマシだと思い怒りを受け止める。
「何でお前が怒る?」
「和睦は何で怒らない?」
質問に質問で返答された。呆れたように光はため息をつく。不意に僕の下の名前を呼んだことに気がついた。ミズキくんとしての怒りが混じっているのかもしれない。
「僕が悪いからな」
「お前被害者だろ?」
「だってさ、僕がコソコソしたのが原因だから」
僕が堂々としていたら、あの場所でもっと適切な対応が取れていたらと何回も思う。
女々しいことこの上ないが僕の悪いところだ。光は苦虫を噛み潰してすり潰しているかのような表情だ。
「あれは引くぞ、ペットじゃあるまいし」
「言っていいことと、悪いことがあるだろ!」
触発されるように僕の口調が荒くなった。僕がペットと言われたからというのもあるけど、花蓮さんをバカにされたからだ。
おかしいと言われるかもしれないけど、花蓮さんのことを悪く言われると反論したくなる。
「お前な、武市に甘えすぎ」
「……わかってるよ」
花蓮さんに甘えていることくらい自分でもわかっている。だけど、花蓮さんといると素直な自分を出せる。
「もういいよ」
飛び上がるように光は立ち上がった。言葉から怒りは感じられない。呆れているというか、諦めにもにた気持ちを感じた。
「とりあえず、頭冷やそう。俺もお前も武市も」
「それがいいと思う」
光は無言で僕を見つめていた。そして意を決したように言葉を口にした。
「とりあえず話したいと思ったら連絡する。あっちでいくかもしれないから」
前みたいにミズキくんとして話がしたいということだ。僕は黙って頷いた。重苦しい空気が流れている。暫くはこの状況が続きそうだ。