……ミズキです
「……失礼します」
消え入りそうな細い声とともに居間のドアゆっくりと開く。さっきの少年が警戒するようにゆっくりと居間を覗きこむ。
僕がどうぞと言うとゆっくりと部屋の中に入ってきた。
細い体に薄手のベージュのカーディガンと黒いTシャツ、ジーンズを身に纏っている。
色白で余分な肉のない華奢な体系が、儚げな雰囲気を漂わせていた。
細身だけど意外と筋肉質だ。心なしか胸も膨らんでいる。女子アスリートみたいだなと思いながら、自然と目が胸元に向かう。
「パット、入れてるんで」
僕の視線に気づいたのか、僕から視線を逸らしてにその子は呟く。自分のしていた行動の失礼さで頬が熱くなってくる。
「ゴメン、その」
見ず知らずの少年の胸を直視する。常識知らずの失礼な行為に、胸の奥から嫌悪感が湧き出してくる。
「いいんです、気にしないで。男同士なんですから」
男同士とはいえ、なんとも言えない微妙な空気が流れている。さっきの硬直した空気よりマシだが、居心地悪いことこの上ない。
僕が座るように促すとその子は床に両足を曲げて、所謂女の子座りをした。目線は床をじっと見つめている。
「……えっと、お名前聞いてなかったですよね」
「斎藤和睦、和睦でいいよ、キミは?」
「……ミズキです」
顔を僕の方に向けると、少し考えてから答えた。ミズキと名乗った少年は口元を緩めた。
すこし緊張してるけど愛嬌のある笑顔だ。恐らく本名じゃないのだろう。
「あの? 和睦さんは何で」
僕の顔を見て不思議そうな顔でミズキくんは尋ねてくる。確かにひとり暮らしの女子大生のアパートに出入りする高校生は普通に考えてもいない。
「さくらさんの従弟、この近所の大学に進学してきたはいいけど、食生活が最悪だからね」
そう言って机の上においてあるエコバックの中身を取り出す。タッパーに詰められたオカン特製の豚肉の味噌焼きに野菜の和物、きんぴらごぼう、栄養満点の食事だ。
「あの人ろくなもん食わないからな」
「そういえばさくらさん、面倒くさいから食事はゼリー飲料とヨーグルトと野菜ジュースにバランス栄養食品で済ませた自慢してました」
こらえきれないといった様子でミズキくんが笑う。確かに栄養のバランスは採れているけど、人の食事とは思えない。僕の口からも思わず笑いが漏れた。
それと同時に強張っていた空気が少し緩んだ気がした。
「さくらさんと知り合いなの?」
「はい、いろいろ教えてくれて」
さくらさんの事だから、ろくでもないことしか教えていない。というか女装させている時点で間違った方向に進んでいる事は明白だ。
「今日何で?」
「今度のイベントで」
「コスプレ?」
満面の笑みでミズキくんは頷く。それと同時に僕の頭は急に重くなってきた。さくらさんはどうして他人にろくでもないことしか教えないのだろうか。
「ただいまーあれー和睦、来てんの?」
玄関先からのんびりとした声が聞こえた。今最も問い詰めなければいけない人間が帰ってきたようだ。