「もうええやん、終わったことは。それより買い物行こう」
休日のショッピングモールは家族連れで賑わっていた。さくらさんが指定した待ち合わせ場所は、入り口の近くにある待合所だ。
光が新しい服装にチャレンジする。どう考えてもいい方向ではない。そんな場所に立ち会うのは気が重い。
僕でさえここまで気疲れするのだ。あんな会話を聞かれてしまった光の気持ちを考えると、気まずさが胸の中に満ちてくる。
僕を呼ぶ声がする。顔を向けると、さくらさんが手を上げていた。さくらさんは飾り気のない黒いシャツとジーンズ、ミズキくんもこの前コーヒーショップで見たのと同じ格好だ。
「和睦、待った?」
わかっていたことだが、さくらさんは自分のした事の重大さを微塵も理解していない。
常識的に考えて、光くんの前であんな話なんかしないはずだが、さくらさんは妙な所が抜けている。
のんびりした様子のさくらさんの隣には、気まずそうな空気を漂わせているミズキくんがいた。うつむき加減で僕と目を合わそうとしない。
「その、今朝はゴメン」
「大丈夫です! あの……気にしてないですから。気にしないでください」
手を振って、気にしないようにと言うが、気まずい。僕とミズキくんの間にはなんとも言えない気空気が流れていた。
今朝の電話の内容が脳裏をよぎる。ミズキくんも恐らくそうなのだろう。
「何で、あんな事言ったの?」
さくらさんに聞きたいことは、ミズキくんの前でスカート買いたがってると言ったことだ。常識的に考えて言えないはずだ。
「私が話してるところにミズキくんが来てな」
本人がいなければさくらさんなら無意識で言ってしまうかもしれない。だけど本人が来ることくらいわかるはずだ。
「本人に聞かれる危険性を考慮した?」
「してなかった」
これ以上、この人を追求しても無駄だ。心のなかに虚しさが広まっていく。そんな空気を察したのか、ミズキくんが顔をあげた。
「……和睦さん……誤解してると思うんですけど」
ミズキくんは言いにくそうに言葉を発する。手を腹の前でしっかりと組み、上目遣いに僕の目をじっと見つめている。
「コスプレするときスカートなることが多いので、慣れようと思って」
ミズキくんは本当のことを言っているのだろうか? 僕に気まずい思いをさせないためにわざと言っているじゃないんだろうか? そういう疑問が脳裏を過る。
「多分、和睦さんの事ですから、考え過ぎちゃってると思って」
「だって、慌ててたから」
「それはあんな話聞いたんですからつい」
会話が途切れ、重い空気が流れた。何を言ってもこの空気は変わらないだろう。周囲の家族が発する楽しげな空気とは違う空気だ。
「もうええやん、終わったことは。それより買い物行こう」
さくらさんの言葉に従うことにした。これ以上話をしても根本的な解決にはならない。