「疲れたら甘いものですよ」
生温い風が吹き抜ける。夜空には月が上っていた。ミズキくんにあってから相当濃厚な日々だった。
ミズキくんと別れて家に向かっているが全身から力が抜けていた。ふわふわと宙に浮いている感覚だ。
「和睦くん」
どこか遠くで僕を呼ぶ声が聞こえた。次の瞬間、自転車のベルが何度も鳴る。僕の意識は一気に現実に引き戻された。
振り返ると花蓮さんが呆れ顔で僕を見ている。スポーツバックを前かごに入れ自転車を押している。
「どうした?」
「……物思いに耽ってました」
「物思いに耽るのはいいが危ないぞ。事故にあったらどうする」
咎めるというより、心配しているような不安げな口ぶりだった。表情には現れていないが、不安がっていることが伝わってくる。
「どれだけ練習したんです?」
「フリー打ち込みに、スパー、合わせて四十五分くらいかな」
花蓮さんの練習に最後まで付き合うと動けなくなるほど疲れる。だけど花蓮さんはあまり疲れているようには見えない。まだ余力を残しているようだ。
「疲れてないんですか?」
「当たり前だ、鍛えているからな」
鍛えているから、わかりやすい理由だ。普段から基礎体力をしっかりつけていれば疲れにくくなるはずだ。
コンビニの前で花蓮さんは足を止めた。つられて僕も止まる。花蓮さんは店内を指差すと口元をゆるめた。
「何かおごるが? 何食べたい」
「甘いものいいです」
「キミは女子か」
「疲れたら甘いものですよ」
「それは同意するよ」
あきれたような口調だが、花蓮さんはどこか嬉しそうな表情だった。その顔を見てると僕も口元がゆるんでくる。
疲れた時は甘いものに限る。特に体と頭の両方が疲れきっている時は甘いものでも食べてリラックスしたかった。