だから頼むね、百合好きの和睦くん
何が起こっているのか理解は出来た。だがどうしていいのかさっぱりわからない。それは僕も光も同じだった。
人気のない柔道場で僕と光は見つめ合っている。なんと言っていいのかわからないが、話をしないとすすまない。僕は疑問を口にした。
「ミズキくんなの?」
「……そういう事」
あの日さくらさんの部屋で遭遇した少年が脳裏に蘇る。光の顔をじっと見た。確かに面影はあるが、よほど注意しないと気が付かない。
さっきまでの生意気な様子は微塵もない。光は縋るような目で僕を見つめている。予想外の事態に困惑しているためか真っ青な顔をしていた。
「証拠を見せるよ」
意を決したようだ。そう言うと光は発声練習を繰り返す。楽器のチューニングをするように声を整えていく。
「どうですか? 和睦さん」
さくらさんの部屋で聞いたミズキくんの声だった。光は大きくため息を吐いた。そして困惑した顔で僕を見つめている。
「黙っててくれるよな」
「僕はそこまで人間として腐ってない。安心しろ」
光の女装癖をバラすほど僕の性根は腐っていないし、それをネタに脅そうとも思っていない。それに光は僕のオタク趣味という爆弾を持っている。
「信じていいのか?」
「光だって僕の秘密知ってるだろう」
そう、もし僕が秘密を暴露しようとすれば光は僕の趣味を暴露することが出来る。そうしたらどうなるか?
共倒れである。しかも僕は他人の秘密を暴露した最低人間と言われる。どう考えても分が悪い。
「お互い穏やかな学校生活送りたいだろう」
「ああ、オレも同じ思いだ」
そう、お互い事を荒立てるつもりはないと言うことだ。だったら協力するしかない。互いの平和な学生生活のためだ。光の顔から不安の色が消えた。
「なあ、なんで女装なんて?」
そう、基本的な疑問である。なんで光は女装なんてしているのか? 秘密を知ってしまった以上気になってくる。
「楽でいられるからかな」
小さく笑って光は答えた。楽でいられる、つまり普段の姿は楽ではいられないのだろうか。だけどその事を聞くのは無神経な気がした。
「このキャラ疲れるんだよ」
伏し目がちで光は呟く。おそらくあの姿が素の光に近いのだろう。こいつはこいつで苦労しているのだろう。
「だから頼むね、百合好きの和睦くん」
最後に余計なことを付け加えたが、その提案に乗ることにした。ラウンド終了を告げるゴングのようにチャイムが鳴り響いている。