プロローグ
開け放している窓から生温かい春の風が吹き込んだ。
ドアノブに手をかけたままで僕の全身の筋肉が硬直している。視線の先には見ず知らずの少年が着替えの最中だった。
お互い顔を見合わせたまま動くことが出来ないでいる。異性の着替えを覗いたわけでは無いのだから、緊張する必要はない。
だがその相手が上半身裸でブラジャーを着けていら話は別だ。
その子は猫みたいな丸い目で僕を見つめていた。僕もどうすることも出来ずに見つめ返している。
肩まで伸ばした少し癖のある黒い髪、顔は小さくて猫みたいな丸い目が印象的だった。
背は僕より低い一六五センチくらいだ。色白で華奢な体系が、儚げな雰囲気を漂わせていた。
従姉の下宿先を尋ねたら、女装した少年が着替えていた。目の前で何が起こっているのか、理解は出来た。
だがどうすればいいのか、見当すら付かない。今まで一六年間生きてきて遭遇したことない状況だ。
これから先も恐らく遭遇する可能性は低い。そんな状況で的確な判断を下せるほど僕は経験豊富ではない。
「すみませんでした」
喉の奥から振り絞った第一声は謝罪の言葉だった。他人の着替えを覗いたんだから謝った方がいい。混乱している僕の脳はそう導き出した答えだ。
「……いえ……あの……その、大丈夫ですから」
その子の声からも困惑していることがはっきりと伝わってきている。相手側にとってもこれは予想外の事態のはずだ。
お互いがどう動いていいのかわからないでいた。だから見つめ合ったまま膠着している。
「あの……服を」
震える声で彼は聞いてくる。とりあえず着替えを最優先にしなければいけない。
「ゴメン」
言葉を発すると同時に僕はドアをゆっくりと閉めた。場の空気に僕は飲み込まれているのがわかる。脈は早く、全身が小刻みに震えていた。
穏やかな春の日だけど、全身から血の気が引いていく。予想外の事態に寒気を覚えていた。
「……男だよな?」
従姉の部屋に届け物をしに来たら、女装を仕掛けた少年がいました。予想外の展開に頭の中が真っ白で考えが上手く纏まらない。
部屋から離れ力の入らない足を引きずるように居間に行く。
居間につくと同時に足から力が抜けて行った。そのままフローリングの上にへたり込む。リビングの窓からは穏やかな春の日差しが降り注いでいた。
今起こった出来事を整理しようと脳を必死で働かそうとしたが上手く処理できない。
「可愛いな」
自分でも何を行っているのかわからなかった。なんでこんなことを行ったのだろうか。恐らく混乱しているのだ。
まずは落ち着こうそう何度も自分に言い聞かせた。
だけどあの子は確かに可愛かった。そんな思いが脳裏の片隅を過った。