第7話 せいやく
―― 聖樹王暦2000年 1月 11日 20時 ――
僕達は軽食屋の奥にある個室に移った。
個室あったのね!
個室料取られたけど。
そこでドンゴさんの特典アイテム「せいやくトランプ」の説明を受けた。
せいやくは「誓約」と「制約」のどちらの意味もある。
せいやくトランプの能力は、ドンゴさんが誓約と制約を決めたゲームに従って、神力を賭けて勝負するというものだった。
どのような「せいやく」にするかはドンゴさんが決める。
ただし、その内容を相手に全て伝える。
「せいやく」に違反することは絶対にできない。
しようとすると胸が苦しくなり、実行すると死亡してしまう。
なんとも面倒な能力だ。
面白いとも思えるけど、ドンゴさんが決めた「せいやく」を理解してゲームしないといけない。
ドンゴさんからすると、相手に理解してもらってゲームに付き合ってもらわないといけない。
しかもドンゴさんが「せいやく」を決めるのだから、当然ドンゴさんが有利になると思われてしまう。
そのため、ドンゴさんはこの能力を使う場がなかった。
付き合ってくれる人がいなかったのだ。
どのような「せいやく」にして、どんなゲームにするかをずっと考えて作ったそうなのだが、肝心の相手がいなくて困り果てていたと。
そこで、僕達に付き合って欲しいと泣きついてきたのだ。
賭ける神力は大したことないからと。
とは言っても僕は神力1しかないので、必然的に相手はミカ様となる。
ちょっと嫌な気もする。
はめられそうだな、と。
なので、まずは「せいやく」の内容を聞くことにした。
「それでは、「せいやく」の内容をお伝えします。これから私がミカ様とルシラ君に伝えることは全て真実であり「せいやく」となります。
またミカ様とルシラ君の言葉も「せいやく」となる場合があります。
私に質問をしたり、私の質問に答えた言葉が「せいやく」となります。
「せいやく」は全て文字として記録され、いつでも確認することができます。
記録された文字の言葉から得られる理解が「せいやく」の内容となります。
まずゲームは1から13までの数字カードを使います。
1人1種類です。
ミカ様はハートがお似合いかと思いますので、こちらをどうぞ」
視界にチャットウインドのようなものが現れる。
ドンゴさんの言葉が書かれていく。ログみたいなもんか。
ドンゴさんはミカ様にハートのトランプを渡す。
1から13までの13枚だ。
「私はクラブを使います。そしてジョーカーを1枚ずつ持ちます。
手札はこの14枚となります。
まず1から13までの数字のカードを机の上に一列に並べます。
この時、順番を変えて下さい。
もちろん相手に分からないようにして下さい」
机の上には13枚のカードが一列に並べられる。
合計26枚のカードだ。
「ミカ様はババ抜きというトランプゲームをご存知ですか?」
「知っているわ」
「ババ抜きに似ております。交互に相手のカードを1枚めくります。
ババはおりませんので、当然全てペアとなります。
まずは1枚めくってみますね」
ドンゴさんがミカ様のカードを1枚めくる。
4だ。
すると、ドンゴさん側のカードの4が自然とめくれて表になった。
ペアとなったカードは光りとなって消えていった。
「いま私は4をめくりました。私の4とミカ様の4で合計8です。
私のポイントは8ポイントとなります」
ポイント?
「このゲームはカードの数字に、数字と同じだけの神力を注いでもらいます。つまり4というカードには神力4を賭けてもらうわけです」
なるほどね。
「こうしてめくっていってポイントを重ねていき、ポイントの合計点が自分の神力となります。1から13までの数字を足すと91となりますので、91ポイント以上稼げば、元より神力が増えていますし、低ければ減っています」
ふむ、単純なゲームだな。
それに負けても失う神力は、僕からしたら大変なことになるけど、ミカ様にとってはまったく問題にならないだろう。
「さて、ここからが重要となります。いまの「せいやく」でゲームをしても、少々面白くありません。単純過ぎますし、得られる神力も僅かです。失う神力も僅かですが。
ギャンブル性が低すぎました。
そこで私が考えた「せいやく」が、カードに次の計算を与えることでした!」
計算?
「プラスの足し算、マイナスの引き算、乗せる掛け算、割る割り算」
お~なんか面白くなってきたぞ。
「これらの計算をカードに与えることで一工夫しました。
さきほどの4という数字でご説明します。
+の計算を与えると(4+4)+4となり12ポイントになります。
-の計算を与えると(4+4)-4となり4ポイントとなります。
×の計算を与えると(4+4)×4となり32ポイントとなります。
÷の計算を与えると(4+4)÷4となり2ポイントとなります」
あ、ポイント減ってるのがあるじゃん。
「どのカードにどの計算を与えるかは自由です。
1枚のカードに与えられる計算は1つだけです。
そして、カードをめくった時に、相手のカードにある計算が優先されます」
ん? どういうことだ?
「私の4に+の計算を、ミカ様の4に-の計算が与えられていたとします。
私が4をめくっても、ミカ様の-計算が適用されます。
逆にミカ様が4をめくった場合には、私の+計算が適用されます」
む~けっこう複雑になってきたな。
でも文字として書かれて見えるので「+」とか「-」とか分かりやすくていいな。
「ここで重要なのがジョーカーです。計算を与えたカードのどれか1枚に、ジョーカーを与えることができます。
ジョーカーを与えられた計算カードは守られます。
その計算は自分にだけ効果がでるようになります。
さきほどの例題で、私の4に+とジョーカーが与えられていたとします。
ミカ様の4には-の計算です。
私が4をめくった場合、ミカ様の-ではなく、自分の+が適用されます。
逆にミカ様が4をめくっても、私の+は適用されず、ご自身の-が適用されます」
ふむふむ、ジョーカーは必ず自分で効果を発揮したい計算に付与するのがいいのか。
ってことは、当然×のカードだろう。
「この計算でいくと、当然最後の点数はカードの数字に注いでもらった神力以上の点数になります。その場合、相手からその分の神力を得ることができます。」
(13+13)×13=338ポイントが一番高い計算になるな。
複雑な要素が絡むけど、めちゃめちゃギャンブル性が高いわけでもないか。
ミカ様の神力からすればね。
「実際に勝負しながら説明したいと思います。練習試合ですので神力の賭けはございません。またカードも全て表にします。解りやすく1から13まで順番にしましょうか。
お好きな数字のカードに計算を与えてください。
練習試合なので、私は宣言いたします。
13のカードに×、12のカードに÷、11のカードに+、10のカードに-です。
そして13のカードにジョーカーを与えます」
おお、宣言してきたよ。
ドンゴさんは自分が作った「せいやく」なんだ。
熟知しているだろうけど、こっちは初めてだもんな。
「計算を与える時は念じればいいの?」
「はい、それで大丈夫です。
カードに計算を与えても、カードの見た目に変化はありませんので、相手には分かりません」
ドンゴさんは13のカードに×とジョーカーだ。
ならこっちも当然そうするべきだろう。
問題は残りか。
計算カードの難しいところは、「相手の計算が優先される」ところだ。
12の÷のカード。
こっちの12に+を与えても、12のカードを引けば適用されるのは÷だ。
12のカードに何も与えていなくても、引いたら÷が適用される。
11の+のカード。
ここに-か÷を置くべきじゃないか?
そうれば、こっちは11を引けば+が適用される。
逆にドンゴさんは11を引いても-か÷が適用される。
つまり、相手の×、+にこちらの-、÷を置くのがいい。
×は13のジョーカーで決まりか?
わざと13を外して、他の数字に×を与えることで相手の裏をかけるのか?
13に何の計算も与えていないなら、こっちが13をめくって、相手の×を阻止しないといけない。
でも絶対に13を当てないといけないなら、13に×とジョーカーをこっちも与えておくべきだろう。
あれ? これって13めくった方の勝ちじゃね?
だって13の×は338ポイントだろ。
12の×は288ポイント。
差は50ポイントだけど、わざわざ×を12にする意味ないし。
12の+なんて(12+12)+12で36ポイント。
-も÷も、その数字の中での計算なんだから、大勢に影響ないだろ。
ドンゴさん……ボッチで1人悲しくいろいろ頑張って考えたんだろうけど、自分でこの点気付いているのかな?
説明するドンゴさんの嬉しそうな顔……だめだ……言えない!
この「せいやく」だと13めくった方の勝ちですよね? なんて言えない!
ミカ様の前で恥をかかせるのも可哀相だ。
はっ! ミカ様は気付いているのか?
「む~~~~~~」
ぐはっ! だめだ! ミカ様全然気付いていらっしゃらない?!
なんか真剣に考えてる!
たぶん、頭の中で複雑に考え過ぎちゃっている!
はぁ……こりゃ~だめだ。
後でドンゴさんと2人きりになって、こっそり教えよう。
いや、僕もゲームして、それとなくその点を気付かせてあげるのがいいか。
練習試合なら神力賭けないで、できるし。
「ドンゴさん、僕とも後で勝負してくださいね」
「ええ、やりましょう。
さて、もう1つ。カードは1から13ですので2で割れない枚数ございます。つまり先にめくる方が7枚と1枚多くめくることができます」
あ、そっか。
「それで「せいやく」します。ミカ様から先にめくって下さい。私が考えた「せいやく」ゲームですので、これぐらいのハンデは当然かと」
お、これはいいぞ。
先に13めくった方の勝ちなんだ。
先にめくれることの意味は大きい。
ミカ様はう~ん、う~んと唸りながら、数字に計算を与えていった。
そして練習試合が始まった。
勝負はドンゴさんの勝ちだった。
ミカ様は初手で13を引かなかった。まったく分かっていない。
なぜか×を9に与えていたようで、9を引いて喜んでいた。
次にドンゴさんが13をめくった時点で、ドンゴさんの勝ち確定のはずなのに、2人は最後まで燃えていた。
「自分のポイントは自動計算されて、自分だけ見れます。
相手のポイントは見えません。
私が自分のカードに与えた計算カードがめくれて私のポイントとなった時、ミカ様は私のカードに何の計算が与えられていたか見えません。
つまり相手のポイントを計算することは、事実上不可能となります。
勝負が終わっても、相手が何ポイントだったか分かりません。
また、ジョーカーで守られた相手の計算カードをめくっても、そのカードに与えられていた計算が何か見ることはできません。
カードに与えられた計算は、理解できる最も合理的な計算が行われ、ポイント計算は正しく行われるので不正はありません。
本当の勝負なら、自分の減った神力から、相手のポイントを計算することはできるでしょう。
練習試合では、視界に「勝ち」「負け」が浮かんでくるだけです」
ドンゴさんは、こうした方が盛り上がるから! と言っていたけど、13めくったら勝ちなんだよね。
ミカ様はまったく分かっておらず、ドンゴさんと一緒にそれなりに盛り上がっていた。
ミカ様ってあんまり頭よくないのかな?
い、いや、こんなこと考えるのは失礼だ。
頭脳明晰といわれるミカ様だぞ!
……きっと身体を使って戦うことに関する頭脳なんだろうな。
「それでは、本当の勝負でよろしいですか?」
「ええ、やりましょう!」
分かってないけど、勝負事は好きなんだろうな。
ミカ様ってギャンブル覚えたら、すんごいはまっちゃうタイプじゃないだろうか。
「それでは勝負です。今度はカードの並びの順番を変えてください。
私もどのカードにどの計算を与えたかは秘密にしますよ!
勝負を途中でやめることはできません。放棄は認められません
また勝負の間に高純度神石などで神力補充も認められません」
「え? どうして神力補充を認めないのですか?」
「いえ、一応このルールでは神力がマイナスになって奴隷に落ちることってあるじゃないですか。その時に神石で神力補充されても、興ざめするだけですし。神力の低い者同士の場合は、そこのスリルも加えていきたいので」
なるほどね。ま~いっか。
ミカ様の神力が足りないなんてことあり得ないし。
「それではよろしいですね? 勝負の間に新たな「せいやく」を伝えたり、追加したり、変更したりすることはありません」
13をめくる熱い勝負が始まった!
1.ミカ様が10をめくる。一瞬喜ぶけど、次に渋い顔。どうやらドンゴさんの10に-か÷が与えられていたようだ。
2.ドンゴさんが5をめくる。表情に変化はない。
3.ミカ様が1をめくる。ちょっとがっかり。
4.ドンゴさんが4をめくる。表情に変化はない。
5.ミカ様が12をめくる。喜ぶけど、また渋い顔になる。-か÷が与えられていたな。
6.ドンゴさんが9をめくる。ミカ様の顔が暗くなる。え? もしかしてまた9に×とジョーカー与えていたの?!
7.ミカ様が13をめくる。おっ! 13きた! これは分からなくなったか? ミカ様のまったく分かっていない計算与えのおかげで、戦況は読めなくなった! あれ? ミカ様めっちゃ喜んでいるぞ。ドンゴさんは当然にジョーカーを与えていただろうから、13+13で26ポイントじゃないのか? それでも高得点だから喜んだのか?
ミカ様がちょいちょいと僕を呼ぶ。
手を口に当てる、ひそひそ話しポーズなので、耳を近づけてみる。
「やったよ! 一気に300ポイント以上増えたの!」
え? 300ポイント以上増えた?
ということは、ドンゴさんは13に×は与えたけど、ジョーカーを与えてない?
……ドンゴさんも、とことん分かっていないのか?
馬鹿なのか? ドンゴさんも馬鹿なのか?
8.ドンゴさんが7をめくった。
「ぐふふ……ぐふふふ……ぐふふふふふ!」
ん?
「あは、あははは、あはははははははは!」
……ドンゴさんが壊れた?
自分の勝利を確信したのか? 7をめくって?
「あひぃ、あひぃぃぃ! あひゃひゃ!」
腹を抱えて笑っている? どうしたんだろう?
「ドンゴさん?」
「うひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
だ、だめだ……完全に壊れてる。
「ひゃひゃく……は、早くめくって……うひぃぃぃぃ!」
ミカ様も目が点になっている。
いきなりどうしたんだ?
ミカ様と顔を合わせる。
お互い何が起こったのか分からない。
「とにかく、勝負を続けましょう……ミカ様の番です」
「え、ええ……」
なんだ、猛烈に嫌な予感がするぞ。
何が起こっているんだ?
9.ミカ様が8をめくる。
10.ドンゴさんが壊れながら、11をめくる。
11.ミカ様が2をめくる。
12.ドンゴさんが3をめくる。
13.ミカ様が6をめくる。
勝負が終わった。
ドンゴさんは壊れたままだ。
「あひゃひゃひゃ! お、終わりましたね」
「ええ……終わったわね」
「ドンゴさんいきなりどうしたんですか?」
「い、いえ……ただ……こんな簡単に……くっくっく……馬鹿ですね」
顔をあげたドンゴさん。
その顔は醜悪に歪んでいた。
そして次の瞬間だ。
「え……きゃぁぁぁぁ!」
ミカ様の首に首輪がはめられていた。