第6話 トランプ
―― 聖樹王暦2000年 1月 11日 13時 ――
ゴブルンとの一戦で、僕は新たな力に目覚めた。
伝説の木の棒、いったいこの木の棒にはいくつの能力が隠されているのだろうか。
いま穴の広場では、ゴブルンがたくさんのゴブリン達に囲まれている。
森にいたゴブリンが続々と集まっているのだ。
ものすごい数です。
ぎゅ~ぎゅ~です。
僕とミカ様は隅っこで、ゴブリン達を見ていた。
お腹が空いたので、アイテムボックスから軽食を出して食べているけど。
ミニゴブルン(僕がゴブルンと名付けてしまったゴブルンをミニゴブルンと呼ぶ!)が、広場の奥の壁に手をつけると、木の根が扉のように開いていった。
その先に道があったのだ。
ゴブリン達は次々とその道に入っていく。
みんな嬉しそうな顔だ。
やがて広場にはゴブルンとミニゴブルンだけが残った。
「お待たせしました。みなとの別れの時間を頂きありがとうございます」
「ゴブルンさんは、あの穴の先に行かないのですか?」
「一族の新たな長は誕生しました。この子に聖樹様が「ゴブルン」という名の祝福を授けて下さりました。私の役目は終わりです。最後に聖樹様にこの身を捧げようと思います」
「身を捧げる?」
「息子よ……嬉しいことに我が名を継いでくれた。これから一族を束ね、そして聖樹様のお力になるのだぞ」
「ゴブッ!」
ミニゴブルンは力いっぱい答えた。
その目に涙をいっぱい浮かべながら。
「いつでも側にいる……聖樹様と共に……」
「え?」
ミカ様も思わず驚きの声をあげた。
ゴブルンの身体が固まっていく?
足から徐々に、身体が……鉱石に変化していっているぞ。
足から胴……手から肩……そして首が固まる。
「おお……聖樹様……いま私もそちらに……」
首からあご……口、鼻、目……そして頭の全部が鉱石となる。
ゴブルンは巨大な鉱石の塊となってしまった。
沈黙が流れる。
すぐにミニゴブルンが鉱石を指さす。
「ゴブッ! ゴブッ!」
そうか……このゴブルンの鉱石を持っていけってことか。
ゴブルンの鉱石に触れてみる。
できる……アイテムボックスの中にはいる。
鉱石をアイテムボックスの中に入れようと念じると、光りとなって鉱石は消えた。
アイテムボックスの「レアアイテム」の欄にそれはあった。
レアアイテム:伝説の木の棒 金剛石(極大)
金剛石、ゴブルンの能力は身体を金剛化することだったのか。
身を捧げる。
つまり己を金剛石とすることで、僕達の力になるってことか。
そしてこれもか。
金剛石が消えた空間には、光り輝くクリスタルが浮いている。
浮いている位置からして、ゴブルンの心臓か。
僕の頭ほどの大きさのクリスタルに触れて、アイテムボックスに入れる。
これは神石のタブに入った。
アイテム(神石):神石(最高純度・大)
やはり神石。
僕達のために……ありがとうゴブルン。
「ゴブゥォォォォォォ!」
む? ミニゴブルンが急に叫んだ。
そして……手が胸の中に?! え?! ちょ、ちょっと!
胸の中に入った手は心臓を掴んでいるように見える。
そして手を思いっきり引き抜くと、その手には1枚のカードが握られていた。
「ゴブッ!」
ミニゴブルンが僕にカードを渡してくる。
ふむ、これが「カード」か。
カードを受取り、アイテムボックスの中に入れてみる。
やはり「カード」の欄に入った。
しかも召喚系だ。
カード(召喚):ゴブルン
「ゴブッ!」
ミニゴブルンは嬉しそうだ。
このカードを使えば、ミニゴブルンを召喚できるのか?
召喚系の稽古ってあったっけ?
今度探してみよう。
ミニゴブルンは僕とミカ様と握手をすると、穴の先に入っていった。
ミニゴブルンが穴の中に入ると、穴は再び木の根の扉が閉まり、姿を消した。
僕とミカ様だけを残して、広場は静寂に包まれた。
この後、ギルドの下級壁紙に張られていた「ゴブリン退治」の依頼はなくなった。
森の中にいたゴブリン達の姿が消えてしまったためである。
代わりに、中級壁紙に「凶暴なゴブリン退治」という依頼が張られることになる。
僕とミカ様はギルドに戻ってきた。
なんて報告すればいいのかと迷って、とりあえずカードを見せてみた。
ゴブリン退治などの討伐系の依頼は、該当する者を倒すとカードにその情報が記録されて、カードを水晶にかざすと依頼達成となる。
魔物などの特定部位を取ってくるのは、討伐ではなく、素材や材料集めの依頼となる。
受付の人が僕のカードを水晶にかざす。
「お疲れ様でした。依頼達成です」
業務口調で淡々と言われた。
ミカ様も依頼達成となった。
召喚系の稽古依頼がないか探してみたけどなかった。
2階にいって召喚カードについて質問してみた。
以前に何も説明してこなかったけど、実際に召喚系カードを取得した今なら、何か説明があると思ったのだ。
【召喚カードについてご説明いたします。
召喚カードは複数枚持つことはできますが、召喚できるのは1枚だけとなります。
同時に2枚以上の召喚カードを使うことはできません。
召喚される者は、実際に召喚されているわけではなく、使用者の闘気魔力によって実体化しています。込める闘気魔力によって実体化できる時間、強さなどが違ってきます。
召喚された者が倒されても死ぬことはありません。本体は別の場所にいるのですから。
どんなに闘気魔力を込めても、その者本来の強さ以上にはなりません。
その者本来の強さをあげるには鍛えるしかありません。
普段の生活でその者に鍛錬させるか、召喚して一緒に鍛錬するなどの方法で鍛えることになります。
召喚されている間の鍛錬も、本体の力となりますのでご安心下さい】
なるほどね。
ミニゴブルンはまだ魔力の使い方を分かっていない。
たまに召喚して、僕が教えてあげないとだめか。
普段から鍛錬もするように言わないとな。
バナナばかり食べて寝ての生活は禁止しよう!
この後、いくつかの稽古依頼をこなして、いつもの軽食屋で晩御飯を食べることにした。
ミカ様との楽しい2人きりのご飯タイム。
至福の時です。
あいかわらずこのお店で、僕達以外の客を見たことないけどね。
さて、ゴブルンが身を捧げて僕達に与えてくれた、金剛石と最高純度神石。
これをどうするか。
やはりミカ様の剣を作るべきだろう。
宮廷鍛冶師に依頼して、立派な剣を作ってもらおう!
「でも……聖樹様ってルシラ君のことでしょ? 私の剣にしちゃっていいのかしら」
ミカ様は申し訳なさそうにしている。
この金剛石と最高純度神石は、ゴブルンそのものだからな。
僕のために身を捧げたのに、それを使って自分の剣を作ることにミカ様は抵抗と罪悪感を感じているのだ。
「大丈夫です。ミカ様のためになることは、僕のためでもありますから! きっとゴブルンも喜んでくれますよ。あ、そうだ……たぶん金剛石は余るでしょうから、それでミニゴブルンに何か武器作ってあげましょうよ。ゴブルンもきっと喜ぶと思いますし」
「あ、それいいわね♪ きっと喜ぶわ!」
ミニゴブルンにも武器を作ってあげる。
これでミカ様の抵抗や罪悪感を減らせるなら、安いもんだ。
問題は宮廷鍛冶師に依頼したら、いったいいくらかかるかだな。
いや、待てよ。
そもそも宮廷鍛冶師に誰でも依頼できるの?
そこはやっぱりコネとか必要なんじゃないの?
う~ん、宮廷に知り合いなんていない。
どうやって依頼するか調べないといけないな。
カランカラン
僕とミカ様は驚愕した。
鳴るはずのない、ドアを開ける鐘の音が響いたからだ。
この軽食屋に初めて僕達以外の客が入ってきた!
入ってきたのは1人の男性だった。
とても気弱そうな男性だ。
ん? どこかで見たことあるような……。
こっちを見る。
目が合う。
ミカ様を見る。
ミカ様とも目が合う。
「あっ!」
男性はミカ様を見て驚いている。
ってことは……プレイヤーか?
「ミ、ミ、ミ」
「ミカよ」
ミカエル様と呼ばれる前に、ミカ様は自分から名乗った。
「僕はルシラです」
「あ……え、えっと……わ、わ、わ、わ、私はドンゴと申します」
ドンゴと名乗った男はおどおどしている。
おどおどしながらも、僕達の隣のテーブルに座った。
安い定食セットを注文する。
「ルシラさんと……ミ、ミ、ミ、ミ」
「ミカよ」
「ミ……ミカ様。は、初めまして」
「初めまして、ドンゴさんはプレイヤーですよね?」
「は、は、は、はい。そうです。ベリアル様に仕えております」
魔神ベリアル! 悪魔の神か!
「ドンゴさんは悪魔なの?」
ミカ様の顔が怖い。
「い、いえ違います! ベリアル様に仕えている天使です!」
ここらへん、ちょっと説明しよう。
神界に神、天界に天使、魔界に悪魔が住んでいることは説明したよね。
そして神に仕える者として、天使と悪魔がいる。
天使が仕える神と、悪魔が仕える神は基本的に分かれている。
天使が仕える神を「天神」、悪魔が仕える神を「魔神」と呼んで区別することがある。
しかし絶対というわけではない。
天神に仕える悪魔もいるし、魔神に仕える天使もいる。
そもそも魔神って、堕天使や悪魔が力をつけて魔神になるケースがほとんどらしい。
天神と魔神が争って、天使と悪魔も戦ったりといろいろあったけど、今は最高神ゼウス様のもとで争いは起きていない。
和解して、魔神も神界に住むことをゼウス様が許されたそうだ。
それでも昔いろいろあったから、やっぱり天使と悪魔は仲がよろしくないけどね。
このドンゴという男は、魔神ベリアルに仕えている天使ってわけだ。
「そもそも悪魔とは開始地点が違うじゃないですか。悪魔は王都テラにいませんよ」
「え? そうなの?」
「あれ? 知らないんですか。悪魔の開始地点は、ミズガルズの地下にある地下世界らしいですよ。どうやって行ったのか分かりませんが、地下世界に行った者達がいて、そこに悪魔のプレイヤーがいたそうです」
そうだったのか。っていうか、ミズガルズの地下世界って何よ。
「そ、その、私は魔神ベリアル様に仕えているってことで、ここでは除け者にされてしまって……それでずっと1人だったんです」
まぁそうなるわな。
魔神に仕える天使なんて嫌われて当然か。
「それでもどうにか情報を集めたりして頑張っているのですが……なかなか上手くいかなくて」
おお~。いろいろ情報を持っていそうだな。
僕達は稽古ばかりしていたから、ドンゴさんの情報は欲しいな!
よし! ここは僕の腕の見せ所だな!
良い情報をゲットして、ミカ様の好感度アップだ!
「ドンゴさんはいろんな情報を知っているんですね。よかったら情報交換しませんか?」
「え? いいんですか?」
「ええ、僕達の知っている情報がドンゴさんの役に立つか分かりませんが……そうですね、僕から1つ。デイリー依頼って知っています?」
僕はデイリー依頼のこと、そして稽古依頼のことを教えた。
ただし、デイリー依頼の最速ルートや、効果的な稽古の方法などは伏せた。
こういう依頼があるってことだけ教えたのだ。
「そ、そうだったんですか。すごいです! とても役に立ちます!」
ドンゴさんの目は輝いている。
やっぱりこういう「ゲームの要素」の部分ってあまり知られていないのかな。
「私の知っている情報でルシラさん達に役に立ちそうなのは……う~ん、逆に何か知りたいことってあります?」
「そうですね。他のプレイヤー達って、いまどんな状況なんですか?」
「それはやっぱり「高純度神石」集めでしょ」
「え?」
「え? もしかして知らないのですか?」
「な、なにを?」
「……私達がこの世界にきた目的は、神力を得ることですよね」
「う、うん」
「どうやったら神力を得るのか。天使同士での決闘で得られる神力って、AさんからBさんに神力が移っただけで、この世界で新たに得た神力ではないですよね」
「たしかに」
「この世界で新たに神力を得る方法。それが高純度神石を自分の神力に変えることなんですよ」
「そ、そうだったんだ。知らなかった」
「純度の低い神石は神力にならないので無価値です。アイテムボックスに入れれば純度が見えるんです。今のところ高純度以上の純度は見つかっていないですけどね」
「そ、そうなんだ。(ゴブルンの神石は高純度の上の最高純度だけどね)」
「高純度の神石を持って、自分の神力になるように念じると神力に変わるんです。当然、神石は消滅しますけどね」
「なるほど、それならみんな神石集めにいきますね」
「待って」
ミカ様の低い声。
あれ……顔が険しいぞ。
「高純度の神石を神力に変えるって話だけど、神石ってルーン王国にとって貴重な物よね? それを私達が神力を得るために消費しているってことなの?」
あっ! そうか……そうだよな。
さすがはミカ様だ。
神石のエネルギーでルーン王国って繁栄しているんだろ。
高純度の神石って貴重なエネルギー源なんじゃないのか。
「そうなりますね。ま~でも神石は時間を置けばまた出てくるっていいますし」
あ、そうか。それならいいのか?
「高純度の神石も、時間を置けばまた出てきたの?」
「あ~どうでしょうね。それは確認したことないです」
む? そうか……神力にならない低純度の神石だけ何度も出てくるって可能性もあるな。
しかしこれはまずいかもしれないな。
もし高純度の神石が僕達によって消費されてしまい、ルーン王国に被害がでるようなことになれば……。
「ルーン王国から苦情は出てないの?」
「今のところ聞いたことありませんね」
今はまだ大丈夫。
でもこの先どうなるか分からない。
「神石と神力に関してはこんなところです。あ、そうそう、あとこんな情報ご存じですか? 神力を賭けた決闘で、面白いことが分かったんですよ」
面白いこと?
「決闘をするときに、いくら神力を賭けるか決めるのですが、自分の持っている神力以上を賭けたらどうなるか……実験した者達がいるんです」
ぬお! なんて危険なことを!
「ま~その決闘をした2人が兄弟なので、お互いを完全に信頼できたからこそですけどね」
なるほど。
「結果、負けた方の神力はマイナス1になったんです」
マイナス?
「勝った方は賭けた神力ではなく、負けた方が持っていた神力の最大値+1を神力として得たそうですよ」
マイナス1だから持っていた神力より多く1得たってわけか。
「それで面白いのが、実はこの結果ではないんです。神力がマイナスになった天使の首に突然首輪が現れたんです」
首輪?
「なんと……神力がマイナスになった天使は、勝った方の天使の奴隷になってしまったのです」
「なっ?!」
奴隷だと! そんな仕様になってるのかよ!
「死亡すればログアウトですが、この世界では死亡しないで神力がマイナスになるという事態を想定しているのでしょう。その場合、神力をマイナスにした相手の奴隷となる」
「奴隷になった天使はどうなったの?」
ミカ様が険しい顔で聞いてきた。
「すぐに決闘をして神力を返したことで、奴隷から解放されたようです」
「そう……それはよかったわ」
兄弟愛であっても、裏切ることもある。
その兄弟は本当に仲が良くて信頼し合える兄弟なんだな。
「この話は以上です。う~ん、他に何かルシラさん達の役に立つ情報あったかな……」
ドンゴさんは必死に思い出そうと頭をひねる。
魔神に仕えているけど、悪い天使には思えない。
1人ぼっちでいろいろ大変だったのだろう。
なんだかちょっと可哀相に思えてきた。
「私は情報収集か、特典アイテムの研究ぐらいしかしてこなかったので……」
特典アイテム!
ドンゴさんの特典アイテムってなんだろう……気になるけど、こっちの特典アイテムの情報を渡すのは嫌だしな。
「あ、私の特典アイテムなんですけど、これがまたひどいレアアイテムで……」
「あ、いや、ドンゴさん。お互い特典アイテムのことは……」
「あ~分かっていますよ。ルシラさんとミカ様の特典アイテムのことを、私に教える必要はまったくありません。ただ、私の特典アイテムは説明しないと意味がないんです」
「説明しないと意味がない?」
なんだそれ?
「実はこれなんですよ」
ドンゴさんはアイテムボックスから特典アイテムを取り出した。
目の前に現れたのは……これは……トランプ?
「私の特典アイテムってトランプなんですよ」
なんじゃそりゃ!