第1話 把握しよう!
―― 聖樹王暦2000年 1月 1日 8時 ――
気が付くと、ベッドの上だった。
部屋の中か……。
布の服と布の靴を着ている。Tシャツとパンツの下着つきだった。
色は誰が選んだのか知らんが黒だ。
チュニックというのかな? 古代ギリシアで着られていた衣装に似ている。
それにズボンがついていた。
この世界での一般的なデザインか? ちょっとした模様もついている。
肌触りの良い布は割と厚みのある感じで暖かい。
ベッドから起き上がる。
木造の部屋だ。ベッドにテーブルと椅子。窓はない。棚が1つ。
そしてドアが2つ。
さて、まずどうしたものか……。
あの真っ黒な空間で、もうちょっといろいろ説明があると思ったんだけどな。
いきなり、王都テラに転送じゃ! だもんな。
本当の世界。
でもゲームの要素がある。
それは僕達プレイヤーだけにあるのか? それともこの世界の住人達にとってもゲームの要素とは当たり前のことなのか。
とりあえず、ステータス画面とかあるのかな?
念じると、視界にステータス画面が浮かんできた。
キャラメイク画面で見れた自分の情報。
他には技能、カード、アイテムボックスという項目がある。
それに年月日と時刻も表示されている。
聖樹王暦2000年 1月 1日 8時5分
この世界が創られて2000年が経過しているから、今は2000年の1月1日と。
技能をタッチすると、タブで分かれて取得できる技能が表示される。
カードは召喚と補助で分けられて表示される。
アイテムボックスはタブでいろいろ分けられている。
どうやってアイテムボックスに入れるんだ?
アイテムボックスと念じてみる。
右手に妙な感覚が走る。
アイテムボックスのタブの「レアアイテム」の中にある伝説の木の棒を取り出そうと念じてみる。
光りと共に、木の棒が右手にでてきた。
思っていたより短い。50センチぐらいだぞ。
これ武器にならないだろ。
いったい何に使うんだ?
今度は逆に木の棒を、アイテムボックスの中に入れようと念じてみる。
光りと共に、木の棒が消えた。
布の服と布の靴も同じように入れられた。
下着も入れられた。
服を着直したところで、テーブルの上に置かれたカードに目がいく。
これはなんだ?
手に持ってみると、カードに書かれていたのは……。
名前:ルシラ 所属:ギリシア王国 G:100,000
ギリシア王国?
ここはルーン王国じゃないのか?
Gはお金か。初めから100,000Gあるけど、これはどれくらいの価値なんだろう。
とりあえずカードをアイテムボックスの中に入れておく。
部屋にあった棚には何も置いていなかった。
2つあるドア。
1つは外に出るドアだろう。
こっちはなんだ?
開けてみると、そこは洗面所だった。さらに左右にドアがある。
右のドアがトイレ。左のドアはお風呂だった。
歯ブラシ、歯磨き粉? タオル、石鹸、シャンプー? いろいろ置いてある。
お風呂は木の浴槽だ。
どこからお湯が出るんだ?
風呂場の壁に妙な玉がついている。
見ると木の浴槽の中にも玉がついている。
ここからお湯出るのか?
壁の玉に触れてみる。
何も起きない。
水出ろ! と念じても出てこない。
魔力か? あ~でも魔力0なんだよね。
0でも魔力出せるのかな?
右手に魔力を集めようとしてみる。
天界での無料研修で習った神力を使うイメージと同じように。
右手に薄らと魔力が集まるのが分かった。
壁の玉にその魔力を流してみる。
「うお!」
玉からシャワーのような水が出てきた。
なるほど。使い方は分かったけど、服が濡れちゃったよ。
服とか洗濯する必要あるのかな?
洗濯機は見当たらない。
脱衣所にあるタオルで髪の毛を拭いていたら、服はいつの間にか乾いていた。
お~すごい。
む? いま使ったタオルもすぐに乾いてふかふかタオルに戻ってるぞ。
これもゲームの要素なのか。
さて、部屋の中で確認することはだいたいこんなものかな。
いや待てよ。そもそもこの部屋って僕の部屋なの?
家賃とかあるの?
大家さんとかいるの?
とりあえず外に出てみることにした。
一応、伝説の木の棒は持っておこう。
靴屋にいきたい。この布の靴をもうちょっと良いものにしたいな。
ドアを開けて外にでる。
部屋のドアを開けた瞬間、その先は外だった。
裏通りの片隅にある、見た目もぼろい建物だ。
ここが僕の部屋なのか?
建物を見ていると、なんとドアから男性が出てきた。
え? なんで? 僕の部屋から?
出てきた男性は、僕のことをギロリと睨み、同じように建物を見ている。
するとまた男性がドアから出てきた。
え?!
最初に出てきた男性は、僕と同じように、いま出てきた男性を見て驚いている。
ふむ、ゲームの要素か?
僕はドアを開けて建物の中に入る。
そこは僕の部屋だった。
ドアを開けて外に出る。
男性2人が僕を見ていた。
この建物はプレイヤーの部屋に繋がる特別な建物なのだろう。
ドアを開けたプレイヤーの部屋に繋がる仕様なんだな。
空を見上げる。
真っ白な空。どういうことだ? 太陽とかないのか?
妙な明るさだ。
ぼろぼろの建物に囲まれていて、道は1本だけ。
こっちに進むしかない。
マップ機能とかないのか? 頭の中で「マップ」と念じてみる。
視界に王都テラのマップが表示される。念じることで倍率は変えられた。
ここらへんもゲーム要素か。
靴屋を念じると、矢印が出て案内してくれた。
これは便利だ。
現在地の場所が、なぜか灰色だ。
1本の道を進んでいくと、ちょっとした広場に出た。
そこには……多くのプレイヤーと思われる者達がいた。
基本的にみんな人間の姿をしているのだが……背中から小さな白い羽を生やした者達がいる。ハーフエンジェルか?
ハーフエルフは……エルフって耳が尖ってるんだっけ? それぐらいしか差がないなら、見た目では分からないかもしれない。
いや、超イケメンな奴らがハーフエルフかもな。
広場の中央では、プレイヤー達が決闘? をしている。
え? ここってプレイヤー同士で戦える場所?
びくびくしながら、壁際を歩いて外に向かおうとした時だ。
「おい。 俺と決闘しないか?」
イケメンのお兄さんに声をかけられてしまった。
「あ、いえ……死にたくないので……」
「死なねえよ。決闘システムがあって、神力を賭けた1対1の勝負だ。負けても神力を取られるだけで死ぬことはない。ま~いきなり殺そうと襲ったら、この決闘システムがあるって分かったんだけどな。襲って殺せる特定の場所っていうのは、ここじゃないんだろ」
神力を賭けた決闘システムか。
でも僕には賭ける神力がない。
そもそも決闘したくないし。
「あ、いえ、僕は……」
「ん? お前そういえば、なんでそんな弱そうな格好なんだ? その短い棒が武器か? あ~最下級天使か。神力なくてキャラメイクあんまりできなかったのか」
あんまりじゃなくて、まったく何もできませんでした。
「決闘する気がないなら、さっさと外に行くんだな」
「はい……」
壁際を歩いて外に向かう。
広場の中央では決闘が続いている。
それを取り囲んで騒いでいる。
お遊びか? 神力を多少失っても関係ないってわけか。
決闘することで得られる情報もあるだろう。
でも、それは後でもいいはずだ。
もっと重要な情報を早く得て、この世界でのアドバンテージを得るんだ!
っと、神力がなくて決闘できない僕は、自分に言い聞かせるのであった。
広場を抜けて歩いていくと、道の先の空間が歪んでいた。
これは……。
歪んだ空間を抜ける。
見上げた空は青かった。
これは境界線か。
振り返ると、そこは壁だった。道はなくなっている。
しかし空間が歪んでいるのが見える。
壁の中に入ってみる。
ぼろぼろの建物と白い空が見えた。
青い空を見ながら、裏通りを歩いていく。
感じられる気温も違った。
冬……なのか? ちょっと肌寒い。布の服1枚では寒いな。マントとか欲しい。
裏通りに並ぶ建物は、どれも木か石で建てられたぼろい建物ばかりだった。
踏みしめる大地は土そのものだ。
しばらく歩くと表通りに出た。
青い空には太陽が輝いている。
太陽の光りを浴びる道は綺麗に整備されている。
目に魔力を宿すと、道が魔力を帯びていることが分かる。
魔法で固められているのか?
道幅も広く、道の真ん中を……丸い球体の乗り物に乗った人達が通っていく。
なんだあれ? この世界の車みたいなもんか?
中心街に向かうにつれ、立派な建物が並び始めた。
よく中世ヨーロッパなんて言葉で表現される異世界だけど、ここは違う。
なんていえばいいのか……未来ヨーロッパ?
すげ~立派だよ。
遠くにそびえる建物はなんだ? 王宮?
何階建てだ? 100階ぐらいあるんじゃないのか?
すげ~! ちょっとわくわくしてきた!
マップに従って歩いていくと、辿り着いたのは防具屋だった。
「いらっしゃいませ!」
む? ドワーフか? 子供の背ぐらいなのに、髭もじゃじいさん顔が出迎えてくれた。
言葉が理解できる。天界と同じ仕様か?
神力によって、自分にとって最も理解できる言葉に変換されている?
「何をお探しで?」
「靴を買いたいのですが……」
「お客様は冒険者?」
「え? あ、そ、そうですね」
「それならそんな布の靴じゃ~だめですよ。どんな戦い方をされるんで?」
む……どんななんて言われても困るな。
「いや、まだこれからで……。適当な革の靴があればそれで……」
曖昧な返事で誤魔化しておく。
ちょっと変な顔をされたけど、ドワーフは革の靴をいくつか見せてくれた。
「こっちが10,000G。こっちが20,000G。それでこっちが30,000Gとなります」
触ってみたが、いまいち違いが分からない。
ドワーフに聞いても、丈夫さや通気性とデザインが違うとだけ。
「10,000Gのこれをください」
「まいどあり!」
ドワーフは手を出してきた。
お金か。あれ? そういえばお金ってどこに入ってるんだ?
アイテムボックスにお金なんてなかったぞ。
あのカードに100,000Gって書いてあったから安心していたけど。
カードを出して困った顔をしていると、ドワーフは不思議そうに僕のことを見ている。
「どうされました? 他のにしますか?」
「あ、いえ……そ、その……」
「買われるのでしたら、カードをお渡しください」
む? このカードを渡せばいいの?
カードをもらったドワーフは、店に置いてあった水晶にカードをかざした。
返してもらったカードを見ると、90,000Gになっていた。
このカードで精算するのか。
クレジットカードみたいなもんか。
「お客様はギリシア王国の方だったんですね」
む? ギリシア王国を知っているのか?
「ギルドでカードの使い方は教わらなかったのですか?」
「あ、まだなんですよ」
「それなら、まずはギルドに行かれて説明を受けるのがよろしいかと思います」
「わかりました。ところで、この布の靴って買い取ってもらえます?」
布の靴は買い取ってもらった。500Gだった。
「靴だけでよろしいので? 見たところ服も買われた方がいいのでは?」
む……確かにね。確かに布の服だけどね。
まだこれでいい。無駄遣いはだめだ。必要と思えたら買いにこよう。
「いや、いいんです。では」
防具屋を出る。
教えてもらった通り、ギルドを目指す。
ラノベの異世界転生では定番のギルドですよ。
マップに案内されてギルドまで向かう。
ここはやはりあれか? 受付嬢は巨乳なのか?
期待を胸にギルドの建物のドアを開けた!
バン!
……あ、あれ?……なにこの空間。
すんげ~怖そうなお兄さん達ばかりなんですけど。
受付と思われるカウンターにも、禿頭の超怖いお兄さんが……。
入ってきた僕をじろじろ見てくるのも、また怖い。
立ち止まるのも変なので、受付に向かう。
「すみません。ギリシア王国から来た者で……説明を受けたいのですが」
「あ~ギリシア王国からの冒険者か。2階に上がってくれ」
ギリシア王国からの冒険者か……。
とにかく2階に上がってみる。
2階は広い部屋1つだった。
そこに、たくさんの人が立っている?
これは……なるほど。
とりあえず、巨乳を探した。
巨乳……巨乳……いた!
金髪巨乳美女発見!
「すみません。ギリシア王国から来た者です」
【ようこそルシラ様。ご説明させて頂きます】
名乗っていなのに、僕の名前を呼んだ。
そしてどこか機械的な声。
間違いない。NPCだ。
この2階の部屋に立っている人は全員説明用のNPCだな。
人によって説明することが違うのかと思ったけど、そうじゃないな。
誰でも同じだろう。
これだけたくさんのNPCがいるのは、同時に説明できる人数を増やしたのだろう。
この空間はゲームの要素としての空間だ。
【ルシラ様達プレイヤーは全員「ギリシア国」から来た冒険者という位置付になっております。ギリシア国は、ミズガルズとは違う世界にある人間の国という設定の架空の国です】
なるほど、それは都合の良い設定にしたな。
【開始地点の部屋は、プレイヤーごとに与えられています。特殊な空間となっており、ルーン王国を開始地点にした全てのプレイヤーの宿になります。外から見た建物は、ごくごく普通の宿屋となっておりますが、プレイヤーがドアを開けるとご自身の部屋に繋がる仕様となっております。家賃は必要ありません】
【この世界の言葉は、全て魔力によって自分に最も理解できる言葉に変換されます。そのため、異種族間でも魔力が使える種族同士なら会話可能となっております。また文字も目に魔力を宿して頂ければ、解読可能となっております。字を書く時にもペン先に魔力を宿して書いて頂ければ、その文字は読むものにとって理解できる文字となります】
【部屋にあったカードですが、この世界はカードによって様々なことが管理されています。カードは身分証明にもなれば、お金を管理する機能もあり、売買ではカードを水晶にかざすことで精算します。個人間売買では、お互いのカードを合わせることで精算できます】
【お金のGに関してですが、宿に1泊するのに安いところですと5,000Gぐらいです。平均的な宿で10,000Gぐらいとなります。日本の円と似ているかもしれませんが、物によって価値が違います。この世界特有の物価水準が形成されておりますので。】
【ギルドには様々な依頼がきます。ギルドに登録された方は、1階の壁に張られた依頼の紙にカードをかざすことで依頼受託となります。期限のある依頼もあれば、期限のない依頼もあります。難易度の目安は紙が貼られている壁の位置で分けられています。
一番左の壁が難易度は低く、右に行くにつれ難易度の高い依頼となります。どの依頼でも受けることは可能です】
【現在のルシラ様に説明できるのは以上となります】
説明を終えると、金髪巨乳美女は黙ってしまった。
1階に戻ると、禿げ頭お兄さんにギルド登録をお願いした。
「すみません。ギルドに登録したいのですが」
「おぅ! カードを出してくれ」
カードを渡すと、水晶にかざす。
「はいよ! 頑張ってくれよ! 死ぬなよ!」
それだけだった。
壁には様々な依頼が書かれた紙が貼られている。
さて、定番の薬草採集とかあるのか?
一番左の壁紙を見る。
お使い系が多いな。
武器屋に行ってみようと思ってるから、武器屋に何か届けるのないかな……。お、あったあった。
武器屋に手紙を届けるだけの依頼がある。
いや、待て。
こんな依頼を出す人がいるのか?
おかしいな……ゲームの要素の部分か?
壁紙にカードをかざして依頼を受託すると、まずは依頼主の家に向かう。
ギルドからそれほど遠くない、裏通りの一軒家が依頼主の家だった。
ノックをすると、老婆が出てきた。
「ギルドから依頼を受けてきたのですが」
「ありがとうございます。この手紙を武器屋にいる息子マージに届けてください」
それだけ言うと、老婆は手紙を渡して、また家の中に入ってしまった。
手紙を受け取り武器屋に急ぐ。
僕の予想が当たっていれば……。
武器屋まで歩いて10分ほどだった。
「いらっしゃいませ!」
ドアを開けて中に入ると、防具屋と同じくドワーフが出迎える。
「ギルドから依頼を受けてマージさんに手紙を届けにきました」
「マージなら2階の一番奥の部屋にいるから、ドアをノックして渡してあげてください」
階段を上り2階へ、そして一番奥の部屋のドアをノックする。
若い青年が出てきた。
「ギルドからの依頼で、手紙を届けにきました」
「ありがとうございます。カードを見せてください」
マージにカードを見せると、手に小さな水晶を持っていた。
手紙を受け取ると、水晶にカードをかざした。
「またお婆ちゃんからの手紙があれば、よろしくお願いします」
それだけ言うと、マージはドアを閉めてしまった。
ふむ……たぶん間違いない。
今の依頼、老婆とマージは生きた人間ではないだろう。
NPCだ。
ゲームの要素に当たる部分だろう。
問題は依頼を何回受託できるのか。
1回? 10回? それとも無限?
僕は急いでギルドに戻った。
壁紙の依頼を見てみる。
あった。手紙の依頼は張ってある。
そもそもギルドに完了報告すら必要ないのだ、壁紙はずっと張られたままなのだろう。
カードをかざして受託してみようとする。
できない。
2階にいって聞いてみた。
【マージへの手紙の依頼は1日に1回のみです】
ビンゴ。
有限回数か無限回数か説明がなかったけど、おそらくこれだけ難易度の低いクエストなら、無限だろう。
報酬も1,000Gだし。
これと同じような依頼が何個あるかだ。
壁紙に張られた依頼を1つ1つ見ていく。
簡単な物を運ぶ、街に売っているアイテムを持って行く、伝言を伝えに行くといった、ごくごく単純で、本来はギルドに依頼を出すほどでもない依頼を見つけていった。
結果、最も難易度の低い壁紙で9個、1つ隣の壁紙で10個あった。
マージの手紙を含めて20個。
最下級壁紙(こう呼ぶことにした)は、全て報酬が1,000G。
下級壁紙は、全て報酬が2,000G。
街でアイテムを買って持っていくものは、アイテム代も上乗せでくれるようだ。
合計で1日に30,000G稼げることになる。
これは毎日こなす必要があるな。
全部終わらせるための最短ルートも考えないとな。
19個のデイリー依頼(1日に1回受けることができる依頼)へGO!
ギルドを出た僕はマップ機能をフル活用して走り回った。
―― 2時間後 ――
完了!
ネットゲーマーとしての知識と勘! そしてマップ機能を上手く使って、たった2時間で完了したよ! これで最初の依頼と合わせて30,000Gゲット!
これは美味しいな。
毎日必ずこなそう。
ふ~いい汗かいた!
19個の依頼の中で、最後にギルドに報告しなくてはいけないものがあり、ギルドに戻って来ている。
壁紙の依頼をいろいろと確認しているところだ。
でもそろそろお腹も空いてきたな。
時刻は12時を回っている。
何か食べにいこうかな……。
僕が壁紙を見てぶつぶつ唸っていると、2階から降りてくる者達がいた。
2階から降りてくるってことは、プレイヤー達だ!
同じ神に仕えるご一行様なのか……団体で動いている感じだ。
羨ましい……僕は仲間なんていないのに。
ん? 一番後ろにいる女性……。
あの容姿……忘れるはずがない! ミカエル様だ!
ってことは、この団体はヘラ様の天使達か!
あれ? なんだかミカエル様……表情が暗いな。
どうしたんだろう。
ミカエル様達はギルドに登録すると、いきなり最上級依頼の壁紙を見ている。
え? いきなり? 神力消費したキャラメイクってそんなに違うの? そこまで強くなっちゃうの? でもレベルは弄れなかったよな……。
「おい、いきなりはまずいだろ」
「余裕だって。あ~でもミカエルは無理かもしれないな。あはは」
「……」
「まったく。キャラメイクで何もしないなんて。神力を消費したって、取り返せばいいってのによ。こりゃ~1年後には俺が大天使になっているかもな」
「……」
「武器もないときたもんだ。ミカエルのためにちゃちゃっと稼いで、なんか武器買ってあげようぜ」
「このオーク討伐とかいいんじゃないかな? ミカエルは後ろで見ているだけでいいよ」
「……」
「よし、これで受託したってわけか。おい、ミカエルも早くカードかざせよ」
「……別れましょう」
「あん?」
「足手まといの私に合わせる必要はないわ。貴方達だけでどうぞ。私は1人でやっていくから」
「ふ~ん……」
よろしくない雰囲気が流れているぞ。
最下級壁紙の前で、僕は遠慮なく聞き耳を立てている。
「ちょ、ちょっとミカエル……」
「いいの。ここで別れましょう」
「あ~OK。そうしよう。大天使様の言うことに逆らうわけにはいかないしな。おい、行くぞ」
ミカエル様を1人残して、他のプレイヤー達はギルドを出ていく。
心配そうにミカエル様を見ている者もいるけど、ミカエル様はまったく気にせず、冷静な顔で依頼の壁紙を見ている。
さすが大天使ミカエル様……1人でも余裕なのだろうか。
それにしても、キャラメイクで何もしなかった? なんでだろう?
ミカエル様の神力があれば、かなり有利なキャラメイクができたんじゃないだろうか。
最上級から上級、そして中級壁紙を見ていたミカエル様は、1つ左の下級壁紙へ……そして、僕が見ている最下級壁紙へと移ってきた。
顔が真剣だ。余裕なんじゃなくて、必死なのかもしれない。
う~ん……ミカエル様は昔から天使だった方だ。
ネットゲームとか絶対知らないよな。
ゲームの要素を上手く掴むことは無理だろう。
っていうか、理解できていないかも。
おまけに僕と同じくキャラメイクで何もしていないから、武器もないしな。
ミカエル様の特典って何だったんだろう?
でも、僕とは仕える神が違うし……。
でもでも、ミカエル様は僕に優しくしてくれた。
天界の図書館での帰り道、優しく手を差し伸べてくれた。
あの柔らかい手と指の感触は覚えているし、セクシーな黒と膨らんだ星も目をつぶればすぐに再現可能なレベルで脳内保存されている。素晴らしい。
そもそもクロノス様の目標は打倒ゼウス様であって、ヘラ様ではない。
ヘラ様はゼウス様の妻だけど!
いいのではないか? ちょっとぐらいアドバイスを送っても。
僕のアドバイスが正しいかなんて分からないけど、少しでも役に立つなら。
僕は意を決して、ミカエル様に声をかけた。
「あ、あの……」
「え、は、はい?」
「依頼で何か分からないことでも?」
「え?! い、いえ……その……あの……、ギリシア王国から来たばかりで、その……」
むむ!
僕のことを、この世界の住人だと思っているのか。
ミカエル様は有名だからみんな知っているけど、ミカエル様からしたら僕はその他大勢の1人で、覚えていなくて当然か。
「あ、あの……その……ぼ、僕もギリシア王国からなんですよ」
「え?!」
「え、えっと……以前、図書館でからかわれて地面に転がっていた天使覚えています? あの時、ミカエル様に助けて頂いた者です」
「あっ……なんとなく覚えているわ。……そう、貴方があの時の」
「は、はい。あ、僕はルシラといいます。特に名前は変更していません」
「……私はミカに変更しているから、ミカと呼んで」
「え、えっとミカ様。そ、その……僕のアドバイスなんて役に立たないかもしれませんが、よろしければ、僕の知っていることをお伝えできればな~なんて……」
「……」
ミカ様は黙ってしまった。
プレイヤーだと伝えずにアドバイスしようかと思ったけど、この世界の人間として説明することは難しいと思ったのだ。
ゲームの要素の部分を説明するには、プレイヤーでなければおかしい。
それに、宿に戻るところを見られたり、この世界のことをあれこれ聞かれたら結局ばれることになる。
嘘をついて近づいたなんてことになって、後でミカ様に嫌われたくないしね。
黙るミカ様をじっと見つめた。
できるだけ真摯な目で……決して視線を下げてはいけない、見事な2つの星は見たいけど、女性は男性の視線が下がって星を見ていることをすぐに分かるそうだ。
大丈夫、目を閉じればすぐに再現可能なのだから。ここは我慢だ。
「いいの? ルシラ君の知っていることを教えてもらっても、私はルシラ君の役に立つことなんて教えられないと思う。ルシラ君は最近天使になったのよね? 「ゲームの要素」というものを把握しているんでしょ? 私はそういうの分からなくて……」
くぅぅぅぅ! 可愛い! 申し訳なさそうに、でも助けて欲しい、みたいな子猫ちゃんに見えて可愛い!
「いいんです! ミカエ……ミカ様には助けて頂いた恩があります。それに僕のアドバイスも大した事ないですから」
「それじゃ……お言葉に甘えようかな……ごめんね、ルシラ君の大事な時間を」
「ミカ様のためなら喜んで!」
こうして、僕はミカ様に「ゲームの要素」の部分を含めて、様々なことを伝えていった。
ミカ様は僕の想像以上に、まったく何も分かっていなかった。
仲間の天使から聞いて知っていたのは、ステータス画面ぐらいだった。
部屋のことから始まり、「お風呂の使い方」「ステータス画面」「マップ機能」「道案内機能」「デイリー依頼」などなどを、丁寧に説明していった。
僕の説明を聞くミカ様の表情が面白かった。
「こ、こんな素晴らしい機能があるなんて……」
「よかったらデイリー依頼を一緒にしますか?」
「で、でもルシラ君はもう終わっているんでしょ?」
「はい。1度やっているので、効率的な道順が分かりますから、きっと早く終えられますよ。さっきは2時間ぐらいかかりましたけど、目標は1時間半ですね」
僕はちょっとかっこ良く決めてみた。
ミカ様のためなら当然ですよ! 的な雰囲気を出してみたのだ。
「ありがとう……」
よし! これきた! 好感度アップきたよこれ!
天界ではあまりに違い過ぎる身分差と実力差でも、ラグナロクの中では同じ「キャラメイクで何もしなかった同士」である。
こ、これはラグナロクの中でミカ様と仲良くなれちゃう展開か!
くそじじぃ隠居神クロノス様のために神力集めるよりも、ミカ様をサポートして仲良くなる方が、ずっと僕にとって有意義な気がしてきたぞ。
僕とミカ様はデイリー依頼を目標の1時間半で終えることに成功した。
――♦♦♦――
ミカエル、改めミカはベッドの上で目覚めた。
布の服と布の靴。
白いチュニックに白いズボン。
下着がついていたのには、ほっとした。
木造の部屋の中を確認する。
机の上に置かれたカードを手に取る。
「……」
ゲームを知らないミカにとって、想像できることは少ない。
名前:ミカ 所属:ギリシア王国 G:100,000
カードを確認して、部屋の中を確認する。
とりあえず外に出てみることにした。
外に出て、道なりに歩いていくと広場に出た。
ヘラ様に仕える同じ天使達がいた。
他にも見知った顔の天使達……有力な神に仕える天使達が集まっていた。
ミカ以外の天使達は、武器と防具を装備していて、さらには神力を消費して得た技能やカードなどの話題で盛り上がっていた。
そして広場の中央では、得たばかりの力を使って決闘して騒いでいる。
神力を消費したのか……馬鹿だな。とミカは思った。
ラグナロクでどれほどの神力を得られるのか分からないというのに、あんな馬鹿げた神力消費で技能などを取得したのかと。
しかし、ミカにも分からない事実がある。
キャラメイク画面で技能などを取得するために必要とした神力は、各々違うのである。
持っている神力が多ければ多いほど、それに比例して神力消費が多くなっていたことを、ミカは分からないのだ。
ヘラ様に仕える天使達のもとに向かうミカの姿を見て、天使達は一様に驚いた。
武器も防具も何も持っていないからだ。
ミカは仲間達にキャラメイクで何も取得しなかったことを伝える。
そして、仲間達の決闘の馬鹿騒ぎが終わるまで待って、ギルドに向かうことになる。
ほとんどの天使、ヘラ様に同じく仕える天使ですら、ミカのことを馬鹿だと心の中で嘲笑っていた。