ハズレタ予言
今回のお話は「もし“俺”とナシーフ&アロンザが戦うことになっていたら」的なお話です。本編にも絡む予定です。多少ショッキングなシーンが含まれているので苦手な方はご注意ください。
「――中を探した方が――」
「――夜はヤツらの――――昼間を待ったほうが――――――」
何かお探しのようですね。
というか俺を探しているのかもしれない。豚面村で出した被害を考えるなら、俺に対して賞金でもかけられた可能性がある。
彼らが俺を探しにきたのなら、俺を見て泡を吹いて倒れる現象に対して対抗策を持っている可能性は高い。とりあえず姿を晒し、気絶するならそのまま逃亡し、気絶しないなら対話を求めるというのも一つの手ではある。
だが、気絶せず、かつ対話を認めない場合は一気に窮地に立たされるだろう。ならば今すぐ奇襲に出るのも一計ではある。
もしくは遺跡の中で待ち構えるという作戦も考えられる。骸骨さん達が彼らを襲ってくれれば逃げる機会も増えるかもしれない。だが骸骨さんが彼らに対しても無反応という可能性もある。
姿を晒すか、奇襲をかけて突破するか、遺跡の中で待ち構えるか。駄目だ、決められない。
「――――貴方の言う通り――何せ――は多くの――を出した――――」
「リッチだからな」
リッチ――。聞きなれない言葉だが、多くの何かを出したと聞こえた。多くの犠牲であるなら俺のことである可能性は非常に高い。
俺の正体がリッチとかいうモノならば、彼らは泡を吹いて倒れるという現象に対して抗う術を持っているだろう。
ならば奇襲か。奇襲するなら彼らが寝た後がいいのではないか。いや――
「だが、そうもいかなくなったみたいだ」
気づかれた。俺は咄嗟に遺跡の奥に逃げ込む。決断したわけではなく、判断を先送りにするために……。
―――
彼らが追ってくる様子はなかった。先ほどの会話からして朝を待つつもりなのだろう。もちろん会話を聞かれたと気づいている以上、あえて夜間に襲撃してくる可能性もあるが。
クソッ、俺だって好きでこんなことになってるわけじゃないのに……。なぜこんな目に俺が遭わなければならないのか。
俺は俺が目覚めた玄室の石棺に座り、これからどうするか考えていた。
とっさに逃げたのは失敗だったかもしれない。敵意がないのならあの時にそう言うべきだった。逃げてしまっては後ろ暗いことがあると思われるのが当たり前だ。
いや、そもそもなぜ遠くに逃げようとしなかったのか。あのような騒ぎを起こせば追っ手がかかることは十分に考えられた。それを暢気に周囲を探索しているなど限りない阿呆だ。
後悔に後悔を重ねる。
畜生、後悔していても仕方ない、状況を考えろ……!
今の状況は、死者が生者を襲い――生者が死者の正体に気づき、討伐しに来たというところか。この状況で、死者の声に耳を傾ける愚か者はどれだけいるのだろうか。
身を守るためにはどうすればいいか――俺は骸骨さんが持っている武器の存在にようやく気づいた。こんなことにも気づけないなんて、俺はどれだけ混乱していたのか。ともかく、彼らから武器を借りることにしよう。
俺は片手半剣を持っていた骸骨さんの元へ向かった。武器について全くの素人である俺には剣が一番使い安そうに思えたからだ。
相変わらず骸骨さんはただ突っ立っているだけである。
突っ立っている骸骨さんが手にしている片手半剣をなんとか取ろうとするが、骸骨さんは決して離そうとしない。肉のない指を一本一本はがそうとしてもビクともしなかった。
「クソッ、離せよ。剣をよこせっての!」
イラついた俺が思わず口にした。すると――
「御意。お受け取りください」
骸骨さんが口を開き、恭しく剣を俺に捧げた。
俺は戸惑いながらも剣を受け取る。
「王よ、他にも命令があればなんなりと」
そういえば俺は骸骨さんに一方的に話しかけていたが、何かを命令したことはなかった。もしかして骸骨さんたちは俺の命令をずっと待っていたのだろうか。だったらせめて挨拶には返事をして欲しかった。
(玄室から出て集まれ)
声に出さず頭の中で全ての骸骨さんたちに命令し、俺も玄室から出る。片手半剣を持っていた骸骨さんも俺に続く。
俺が玄室を出るとゾロゾロと骸骨さんたちが集まってきた。片手半剣は骸骨さんに返した。俺はこんな物がなくても戦える。
骸骨さんに王と呼ばれてから頭が非常にクリアになった。俺がすべきこと、そしてその手段がわかったからだ。
さあ、外に出て狩りを始めよう。今宵で生者が安眠できる夜は最後になる。
―――
遺跡を出ると、蜥蜴男と蛇女がいた。
この二人は俺一人でやることにした。自分がどの程度できるかを知っておくために。
蛇女の方に目をやると、水の蛇が勢いよく飛び掛ってきたが、俺の身体から漏れ出る魔力に阻まれ霧散した。
「やる気満々ねー、どうするナシーフ?」
軽々しい口調の蛇女だが――その目には覚悟が伺える。
その悲壮とも言える表情はとても美しく見えた。コイツは顔に傷をつけないように殺そう。
「やるしかないだろう、領民を守るのは領主の義務らしいからな」
重い声を響かせながら、どこか他人事のように語る蜥蜴男。
彼の練り上げられた肉体は、長年の修練を容易に想像させた。コイツは良い戦力になるだろうな。
まず仕掛けてきたのは蜥蜴男であった。木製の盾を前面に出し、一拍で俺の眼前に迫った。自らを王と自覚する前の俺なら反応する間もなく攻撃を受けていただろうが――、今の俺には全く問題にならない。
紅蓮の炎を纏い突き出された得物を紙一重でかわし、手のひらから凝縮された魔力を放出する。多くの魔術師が基本としている魔術である。ただ、今放たれた物は圧縮された魔力の規模が桁違いであり、放たれた際の速度が異常であった。
蜥蜴男の盾は魔力の塊を受け、粉々に砕け散った。だが蜥蜴男は歴戦の勇士であり、ただ魔力を受けただけではなかった。魔力を受ける際盾を引き、威力を受け流したのだ。俺の目測では蜥蜴男は殺すのに十分な規模の魔術であったはずが、蜥蜴男自身は無傷だった。あまつさえ衝撃を利用し、身体を捻転させ、得物で俺の首を刎ねたのだ。
全く、地力では俺が圧倒しているというのに、こうもあっさりと首を刎ねられるとは。これが戦闘経験の差なのだろうか。まあ、首を刎ねられたぐらいでは何の問題もないのだが。
俺は得物を振り終わり硬直している蜥蜴男の頭を掴み、魔力を放出し消し飛ばした。頭を狙ったのは当然仕返しである。
頭を失った蜥蜴男の身体が崩れ落ちた。頭を失った俺には、その様子が見えてもいないし聞こえてもいないが、魔力で感じることはできる。
――瞬間、背後で爆発が起きる。次は左上で。その次は右側で。そして足元で。
爆発により左肩と右腕と左足を負傷する。特に右腕は肘から先が吹っ飛んだ。蛇女は仲間の死に全く動揺せず、複数の魔術を発動させたようだ。その精神力に感嘆せざるを得ない。
俺はイメージする。蛇女の細い腰を握りつぶす。魔力で物質化した巨大な右手で蛇女の腰を掴み――握りつぶす。蛇女は口から血反吐を吐き、息絶えた。
こうして俺は二人を屠った。だがやるべきことはまだある。死にたての死体には魂がまだ残っている。その魂を黒く穢し、俺の配下とするのだ。
この二人は多くの死体を生み出してくれるだろう。そして死体がまた死体を作るのだ。全ての生ある者が息絶えるまで。
失った部位はすぐさま魔力で補填した。全く便利な身体だ。どうすれば生者に敗れるというのか。
骸骨さんと二人の新たな従者を引き連れ、俺は闇夜を行く。生者を全て葬るか、俺があるべき所に還るまで。