第八話
熱に強い、光を遮るということをイメージできなくて、時間がかかった。
アロンザさん曰く、「原理とか理屈とか考えては駄目。燃えないんだから燃えない、光を通さないんだから通さないと信じることが大事」なのだとか。
自分を騙すことが世界を騙すこととな。コギト・エルゴ・スム。
そう自分を納得させるとローブが燃えにくくなり、光を通さなくなった。なぜかそう確信した。ローブを作った俺がそう思うんだからきっと効果はあるのだろう。
こうして“俺は着るものがない問題”と“目が合ったり近づくと人が泡を吹いて倒れる問題”を解決した。
後は記憶の問題だが、これは思い出せなくても問題はないのかもしれない。俺が思い出す記憶とこの世界の有様は余りにも違いすぎる。返って思い出さない方が戸惑いも少なくて済むかもしれないと思うほどだ。
だが不便なこともある。名前の問題だ。
この世界でリッチとして生きていく以上、いつまでも名前が思い出せないなどと言っていないで、新しい名前を考えるべきだろう。
多くの人が他人に名前をつけられる中、自分で自分の名前をつけられる俺はとても幸せかもしれない。俺は俺による俺のための俺自身の名前を考えることにした。
そう心に決めたとき、丁度ナシーフが帰ってきた。もう昼が近いようだ。
直径30センチメートル程の大きさのカメを2匹抱えている。
「こんな短時間で大物を2匹も捕えられた。非常に運が良い」
満足そうに言うナシーフ。俺はこんな大きなカメをどう料理するのか興味がわいた。
アロンザさんは顔をしかめている。カメは嫌いなのだろうか。
「どう料理するんだ?」
俺が問うと、ナシーフは「まあ見ていろ」とだけ返し火を起こし始めた。
―――
ナシーフが作ったものはカメを熾き火の中に放り込み焼いた物だった。そんな乱暴な焼き方では焦げてしまうのではないかと不安になったが、そんなことはなかった。
カメ自体の肉の味が楽しめ、臭みもなく非常に美味しかった。不満を言うなら醤油が欲しくなる味だった。
食事中、ナシーフは俺を一瞥し、「良いローブだ。不死者の王の貫禄を感じる」と褒めてくれた。ナシーフと俺はセンスが近いのかもしれない。
一方アロンザさんは、「まだパンと干し肉が余っているから――」とカメには手をつけようとしなかった。美味しいのに。
腹ごしらえも済み、俺たちはエダズ村に向かうこととなった。
―――
次の日、エダズ村に着いた俺たちは一人一人村人を回り迷惑をかけたことを謝罪した。
村人たちは俺を見ると一瞬怯えた表情を見せたが、平静を装って謝罪を受け入れてくれた。中には「気にすんなあ、それよりキャベツ持ってけ」とキャベツを譲ってくれた人もいた。
「普通に暮らしている人々がアンデッドを見ることなんて滅多にないから、怯えていてもあまり気にしないで」と、アロンザさんが俺に言っていた。むしろ俺は、俺のことを気遣い、平静を装うエダズ村の人々に感激した。
村人から聞いたところによると、どうやらこの辺りの領主が迅速に薬を融通してくれたらしい。そのおかげで村人たちはすぐに回復し、農作業に戻れたのだとか。
「この辺りの領主さんは良い人なんだな」
俺が言うと、ナシーフは嬉しそうに頷き、アロンザさんは「バカだけどね」と悪態をついた。
この二人はどうやらこの辺りの領主さんと知り合いらしい。
そうして3日程で俺はエダズ村での謝罪を終え、ナシーフ達に連行されることとなった。キャベツ畑ばかりの村だったが、住人はとても親切だった。
俺をどこに連れて行くのかとナシーフに問うと、「領主の館だ」とだけ答えた。
この二人は領主に依頼され俺を探していたのだろうか。
「まー、悪いようにはしないから安心してね」
アロンザさんが気休めを言う。アロンザさんの笑顔が俺を不安にさせた。