第七話
「魔力を感知できるなら、自分の魔力を操ることはそう難しくないわ。後は起こしたい現象を明確にイメージして、適切に魔力を通し、発現させるだけ。ね、簡単でしょう?」
滅茶苦茶な説明だが俺には理解できた。――はじめからそれが出来て当たり前だったかのように、手のひらに魔力を集め、放出する。
先ほどアロンザが放った魔力のように、ふよふよと飛んでいく。
「不思議だ、当たり前のように魔力を操れる」
「認識さえすればそんなものよ。後は自分の創意工夫で魔術を使えるようになっていくのよっ!」
アロンザがたわわな胸を張って言う。先ほどまで魔術という概念を知らなかった俺に、いとも容易く魔術を教えていくアロンザは、もしかしたらとても凄い人なのかもしれない。
「アロンザさん……ありがとうございます。アロンザさんの弟子として恥ずかしくないように精進します!」
俺の中でアロンザが“尊敬できる人”に存在昇華する。
当のアロンザは、(あの説明であそこまでできるようになるって……リッチって凄いのねー)などと無責任なことを考えていたのだが、俺がそれを知ることなどできるはずもない。
「でも大事なのはここからよ。貴方は漏れ出る魔力を何とかしないといけない」
「ハイ、それなら多分――」
言いながら俺は身体から漏れ出る魔力を止めていく。全身の毛穴を閉じるような、はたまた排泄物を我慢するような感覚である。
「いとも容易くやってのけるのね」
アロンザの印象とは大きく違い、身体から漏れ出る魔力を止めるのは大変であった。考えてもみて欲しい、常に排泄物を我慢する辛さを。
魔力を認識するようになってわかったのだが、この身体は常に周囲の魔力を吸収しているようだ。そして、余剰分が排出される。排出される際、アンデッドである俺の性質が魔力を変質させ、周囲に悪影響が出ているようだ。 例えるなら、とても汚いコップに水を注ぎ込む。コップがいっぱいになっても水を注ぎ込み続ければ水は溢れてしまう。コップがとても汚いので、溢れた水も汚くなってしまう――という感じか。
「魔力を止めるのは難しくないけど、常に止めておくのは厳しいかも……」
「訓練よ、訓練で何とかなるわ」
体育会系はナシーフの方だと勝手に思っていたのだが、案外アロンザも体育会系なのか。
「四六時中うんこ我慢するみたいなもんなんですよ~。辛いですよ~、厳しいですよ~、なんかないんですかぁ~」
思いっきり甘えた声で言ってみる。しかし俺の口から漏れていたのは亡者の呻きとも言える声だった(らしい)。
「ん~、そんなこと言われてもねえ……、あ」
「あ?」
「あったわ、簡単な方法が」
さすがアロンザさんである。あっけなく解決法を思いつくとは。
俺が関心していると、おもむろにアロンザさんは左腕を高く掲げ目を閉じた。
「みっちーカモォン!」
厳かな呪文詠唱がはじまるかと思えば、間の抜けた声が響く。
すると掲げた左手から透明な液体でできた蛇が出てくる。相変わらず液体が形を保っているのがなんとも違和感を感じさせる。
「この子はみっちーよ、水の蛇だからみっちー」
みっちーがアロンザさんの身体に絡みつく。絡みついたみっちーがアロンザさんの胸を大きく強調することになるのだが、俺は何も感じなかった。リッチは常に賢者タイムなのである。
「は、はあ…でもみっちーと魔力漏洩問題と何の関係が?」
「魔力を物質化すると常に魔力を供給し続けないと形を維持できないの。つまり漏れ出る魔力を何らかの物質を維持するのに使用すればいい」
「な、なるほど!」
余った魔力を外へ放出しないようにするのが苦しい。ならば余った魔力を使用してしまえばいいと言うのだ。
さすがアロンザさん、シンプルかつ最良の解答である。
「そして貴方には今すぐに必要な物があるはず!」
「そ、それは?」
「服よ! いつまでプラプラさせてるつもりなの?」
アロンザさんの的確なアドバイスには恐れ入る。
まとめるとこうだ。魔力漏れてると周囲に被害が出る⇒魔力止めるの辛い⇒じゃあ漏れる分の魔力を使い着る物を用意する。
さっそく俺は服を作ることにする。複雑な装飾などをつけるとイメージし辛いので、とりあえずシンプルなローブなんかが良いだろう。色は黒がリッチっぽくて良い。着たい服ではなく似合う服を着るべきだと昔怒られたことがあったようななかったような。ならば少しボロボロにした方がリッチっぽくていいかな。んぬぬぬぬ……。
作成するローブをイメージした俺は魔力を練り上げていく。練り上げた魔力を身体に纏わせ、発現させる。
「できました!」
ところどころうまくイメージできていないのか、黒い靄のようになってしまっているが問題ないだろう。正に俺の考えるリッチっぽい格好そのものである。
「お近づきになりたくない度が俄然アップしたわね」
アロンザさんの感想は辛らつなものであったが、目覚めてから続いていた問題が一つ解決した。
しかし、このローブでは漏れ出ている魔力を全て使い切れていなかった。
「まだ魔力が漏れちゃってるんですけど……」
「物質化した魔力に何か命令か、もしくは特殊な効果を付加すればいいわ。貴方ならそうね……、熱を遮断するとか、日焼け止めとかね。ちなみにみっちーには私、もしくはナシーフに敵対の意志がある者を迎撃するよう命令してあるわ」
なるほど、だから敵対する意思がないことを簡単に信じてくれたのか。それにしても、“敵対する者に対して”“迎撃する”などという命令を物質に込めるとはどのようなものなのか。俺にはまだイメージできない。
そしてアロンザさんの助言通りローブに耐熱性、遮光性を付与できた頃、ナシーフが帰ってきた。