第五話
レディの前で裸。今までの俺であったなら耐え難い恥辱であるが、死線を超えた今では大した問題ではない。屈強な戦士がプラプラさせていても問題がないことは、スパルタの戦士が証明している。
「まずは自己紹介ね。私の名前はアロンザ。見てのとおりのラミアよ。それにこっちの蜥蜴が――」
「ナシーフだ」
蛇の下半身を持つ女がアロンザ、蜥蜴顔を持った亜人がナシーフだそうだ。
「俺も自己紹介したいんだが、名前を覚えていないんだ」
「自分が何なのかわからない、さっき貴方そう言っていたものね。見れば誰でもわかることなんだけど、貴方はリッチよ」
「リッチについて詳しく教えて欲しい」
「んー、上位の魔術師や司祭が不老不死を求めてアンデッド化したもの…っていうのが一般的ね。普通、記憶や能力は生前のものを引き継ぐのだけれど」
言いながらアロンザの目が真っ直ぐ俺を射抜く。彼女はまだ俺を信用していないのか、何かを探っているようだ。
「リッチにはどうやってなるんだ?」
「魔術とか魔具なんかを使って儀式をするらしいけど、私にはわからないわ。専門外だし」
「不完全な儀式により記憶が飛んでしまった、ってことなのか?」
だとしたら何ともマヌケな話である。こんなマヌケな王を戴かなくてはならない不死者たちが不憫でならない。
「その可能性もあるけど……ね。何にしろ、リッチは近くに存在するだけで弱い者を蝕む程強大な魔性を帯びているのよ」
「それでエダズ村の人たちは……?」
「全員今は元気よ、後遺症もないわ。彼らは魔に対しての抵抗力は低いけれども、生命力が強い種族だからね」
「お前を殺さなかったのは、気絶したエダズ村のオークたちの魂を穢したりしていなかったからだ。もし邪悪なリッチが私欲のために村を襲ったのなら、全員魂を穢されていたはずだからな」
それでもナシーフやアロンザからすれば俺を殺しておいた方が後腐れもなく危険もない。俺の事情に耳を傾け、この世界について教えている彼らはきっと、善人なのだろう。
「さっき着いてきてもらうって言ってたが、その前にエダズ村に行きたい」
「ふむ」
「迷惑をかけたのだから謝りたいんだ」
「成程な。それくらいならかまわんよ」
気のせいかナシーフの表情が緩んだように見える。
「じゃあ明日から魔力のコントロールの訓練をするわよ。魔力がコントロールできるようになれば、回りに迷惑をかけずに済むからね。」
「今からじゃ駄目?」
「いやよ、眠いもの」
「っていうか俺が寝込みを襲う心配とかしないの?」
「襲われても返り討ちにできるわ。それくらい貴方は弱い」
「えっ、酷い。さっきの説明だと俺強そうだったのに」
「なら言い換えよう。我々がそれだけ強いのだ」
ナシーフの自慢により会話は終わった。
ナシーフは石に座り目を閉じる。アロンザは下半身の蛇の部分を抱きしめ横になった。
俺は遺跡に戻り、骸骨さんたちとお話をすることにした。
相変わらず返事はないが、この15日間で彼らに一方的な友情を抱いていた。魔力がコントロールできるようになれば俺はナシーフ達についていかなければならない。今生の別れというわけではないだろうが、骸骨さんたちともしばらく会えなくなるだろう。だから思う存分、骸骨さんたちとお話をするのだ。
さきほど聞いたアロンザの話を骸骨さんに話していた俺は、ある疑問を抱いた。
俺の記憶は明らかにこの世界の記憶ではない。ラミアや蜥蜴男が闊歩するような世界の記憶ではないと、今は断言できるほど記憶が戻っていた。
この世界の魔術師が転生に失敗して記憶を失ったのが俺なら、思い出されるこの記憶は一体何なのか。
そういえばアロンザは「その可能性もある」そう言っていた。ということは違う可能性もあるのだろうか。
明日になったらアロンザに聞いてみよう。
そう考え、俺は思考を閉じた。