第三十四話
「暇じゃのぅ……」
特にすることもなく玉座に座りダラダラする。
面倒くさいお仕事は全て部下にやらせている。
余が手を出すと返って仕事が増えるので、完全に部下に任せきりじゃ。
魔王は存在していることが抑止になり、平和に貢献する――はずじゃった存在。
最も、人間の欲、怨恨はその程度の抑止では止められなかったのじゃが。
「ああ、暇じゃ、暇すぎるのじゃぁあ」
玉座を飛び降りゴロゴロと転がる。
床は綺麗に掃除してあり、転がってもマントは汚れない。
リークが誉めてくれたマント。
そういえばリークは今頃何をしているんじゃろうか。
監視のためにつけた触手くんからは特に異常な魔力を感じたりはしておらん。
触手くんの制御は製作者である余が優先されるようになっている。
余はリークを信じているし、気に入ってもいる。
だが、万が一の可能性は捨てきれん。
何せ、リークは余と同じようにあやつに造られた存在なのだからな。
人間どもの言う預言はあやつの計画じゃ。
今は外れたように見えるが、どう転ぶかなぞわからん。
嗚呼、それにしても暇じゃ。
いつも通り暇をもてあましていた余に、突然触手くんが異常な高熱を浴びせられているとの情報が流れ込む。
この炎はドラゴン!?
リークのやつめがドラゴンと戦っておるのか?
状況はわからんが、余が動くべきじゃろうな。
余は政務官が執務をしている部屋まで行き、政務官たちに告げた。
「ちょっと急ぎの用事ができたようじゃ。道の修繕費を計上しておいてくれ」
余の言葉に顔を青くする政務官たち。
「ま、魔王様、どこまでの道ですか!?」
「何てことだ! また予算の組みなおしか!」
「もう計算とかしなくていいんじゃないかな……うへへへ」
阿鼻叫喚の様相を呈した部屋を出て、余はリークの元へ向かうことにした。
暇が終わりを告げ、リークと久々に会える口実を喜びながら。
―――
アロンザさんがドラゴンの首を狙い、鱗が剥げた部位に短剣を突き刺す。
短剣から流し込まれた魔力が、極低温のガスを噴出させる。
「ヌグァアアアッ! 貴様ァァァッ!」
ドラゴンが咆哮を轟かせる。
激憤に駆られた激しい動きでアロンザさんを振り放す。
空中へ放り出されたアロンザさんに向けて、ドラゴンの尾が叩きつけられる。
「やばっ」
アロンザさんが声を漏らす前に俺はその危機に反応していた。
触手を伸ばし、アロンザさんを突き飛ばす。
かわりに俺の触手がドラゴンの尾撃を受ける。
痛い! 超痛い!
ドラゴンの巨大な質量から放たれた一撃は、俺の触手くんに大きなダメージを与える。
触手くんがどれくらい持つかはわからない。限界など無いのかもしれないし、既に限界が近いような気もする。
「ありがとリーク。今のはやばかったわ」
よし、生き残ったらアロンザさんにお礼を貰おう。もちろんえっちなお礼だ!!
などと考えている俺をドラゴンが睨みつける。
「邪魔をしおって……! 我は盟約を果たそうとしているだけだ。貴様はもう関係ない、下がれッ!」
「うっせえ! こんなにあちこち燃やしておいて訳の分からないこと言ってんじゃねえ!」
「本来は貴様の役目だったのだぞ!」
「んなもん、知るかァッ!」
俺は魔法の矢を2発同時に放つ。
このドラゴンの言葉をこれ以上聞きたくなかった。
なぜか、こいつの言いたいことがわかってしまいそうだったから。
無策に放った魔法の矢は2本とも容易にかわされた。
残りは2発。
「問答無用と言うのならばそれでも良い。消し炭になれぃ!」
ドラゴンから俺に向けて吐かれる炎。
広範囲に広がる炎からどう逃げるか――と思考をめぐらせる俺の眼前に水の壁が現れる。アロンザさんか!
水の壁が炎を防いでる間に、俺は魔法の矢を1本撃ち込む。
水の壁と自ら吐いている炎により一瞬反応が遅れたのであろう、回避行動に入るのが遅い。
魔法の矢がドラゴンの右翼を傷つける。
空中でグラリとよろめいたドラゴンに向けて、ラーナが剣を振るう。
光輝き、大きな威力を持った一閃はドラゴンの左翼を切り落とす。
そしてロージーが二本の蔓をドラゴンの首に引っ掛ける。
その蔓をマイマイさんが渡る。音を置き去りにする速度で。
鈍い音が戦場に響き、ドラゴンが地に堕ちる。
呆気ない幕切れ。
「なあ、お前最後……」
地に臥したドラゴンに俺は話しかける。
「我の役目は倒されること……だからな」
言いながらドラゴン血を吐く。
「俺の役目とかってのは何の話だ?」
「我の口から話すことではない……な。さあ、勝者は敗者から……すべてを奪うもの……だ」
苦しそうに呻くドラゴン。
俺はドラゴンに向けて、最後の一本の魔法の矢を放った。
「ラーナ、それにマイマイさん……。2人は俺の何を知っているんだ?」
二人に視線を送り問いかける。
ラーナは目をあわせようとせず、マイマイさんは黙って真摯に俺を見つめている。
「その問いかけにはボクが答えようと思うんだけどどうカナ? 子の疑問に答えるのは親の務めだろうからネ」
ふざけた調子の声の方を見ると、一人の少年がそこにはいた。
黒い髪、黒い瞳をした少年。
なぜか懐かしいと感じるのは前の世界の記憶故か?
「お、おまえは――」
俺が声を出すと、少年は人差し指を立て、口元に持っていった。
その自然な動作に、ただ――黙れという意思が込められていた。
「まずはマイマイ、おめでとう。ボクが用意したシナリオは以上だよ、予定外のことも沢山あったけどネ。君は立派な勇者になれたはずだ」
「僕は君を一発殴るために頑張っていたんだけどね」
「相変わらずだなア」
苦笑する少年。
なぜだか、彼に対して俺は苛立ちはじめていた。
「それにラーナさん。人間の王が魔物の国で暮らしてどう思ったかな? あ、君とははじめましてだったネ。人間の神官にはちょくちょく会って、君の話を聞いてたから初対面な気がしないナ」
「そうか」
「つれないなア。君が今ここにいて、夢だったドラゴンを殺せたのは、ボクの預言のおかげダロ? 『不死者の王が目覚め、全ての生あるものに戦いを挑む。生あるものが生き残るには、人間と魔物が勇者の名の元に集う必要がある』ってネ。いつまで経っても戦争を辞めない君たちのために、ボクが用意したプランだったんだけど――」
突然少年が俺を睨みつける。
「君が台無しにした。リーク、君は魔物や人間たちに戦いを挑まなければいけなかったんダ。作る際にテキトーに選んだ魂がいけなかったみたいダネ。予想以上に平和ボケした魂だった。これは君のせいでもあるけれど、僕の過ちでもあるナ」
何も言えなかった。
少年が言っている無茶苦茶な話、俺の役目。
嘘ではないと確信させるものがあった。
「ボクの計画はまたしても失敗してしまったワケだケド。ここは一つ――」
少年が何か言いかけている最中、少年が突然吹き飛ぶ。
「出てきおったな! ここで会ったが1000年目! 今度という今度こそそのふざけた顔を吹き飛ばしてやるのじゃ!」
少年がいた場所に、魔王様が立っていた。
なんでここに魔王様が?
いくらハーピーが飛んで助けを求めたとしても、こんなに早くは来れないだろう。
「イテテテ、相変わらずだな魔王は。話の腰を折らないでくれヨ」
「魔王様、なんでここに?」
「ん、おおう、リーク久しいな。触手くんが異常事態を知らせてきたのでな」
触手くんの製作者である魔王様には色々伝わっていたのか。
炎に焼かれたり、尻尾で叩きつけられたりしてたからな。
「期せずして、ここに勇者と3人の王が集ったネ。さて、マイマイと魔王はボクのことが大嫌いみたいだ。ラーナさんとリークはどうかな?」
「私は、自分の思い通りに他の者を操ろうという貴様の根性が許せん」
「俺は……」
この少年の言葉に苛立ちは覚える――だが。
なぜだろうか、腹はたつのだが……なんというか…………。
以前魔王様は言っていた。
強大な力を持った愉快犯が、この世界で色々と問題を起こしておる、と。
それは恐らくこの少年のことだ。
虫騒ぎのときも沢山の獣人が死んだ。
マイマイさんへの話を聞く限り、他にもこの少年が仕組んだ事件は沢山あったと思われる。
しかし……、何か違和感がある。
「リークの意見がどうでも、勇者と2人の王がボクを許す気などないみたいだネ。だから、ボクをぶん殴るチャンスをあげようと思うんダ!」
少年が言葉を追えないうちに、マイマイさんと魔王様が殴りかかる。
「イタイ! イタイ! こんな場所じゃ本気で殴れないダロ? だからさ、場所を用意するよ。君たちが本気を出しても問題ない場所ヲ。その場所は、リークが生まれた場所でいいかな。あの遺跡でボクは待ってるよ。だからねリーク、そこに来るまでに君の気持ちをきめておくんだヨ」
言い残し、少年は消えた。
「とりあえずナシーフの館にでも戻るとしようかの。リークは色々と考えたいこともあるじゃろ」
魔王様が提案し、全員が頷いた。
帰り道、俺を気遣ったのか、みんな無口だった。
―――
「来たか」
「ナシーフ様、以前の無礼を――」
「言うな」
私はラーナを襲撃した輩を率いていたオークの男――ヴァラースを館に招きいれた。
「……」
「……」
長く続いた沈黙。
「まだ怨みは晴れんか?」
私がその沈黙を破った。
「晴れませぬ」
ヴァラースが答える。
「……そうか。表に出ろ」
「は?」
「いいから出ろ」
庭に出て、ヴァラースに木剣を持たせる。
「ナシーフ様、一体何を?」
「怨みの忘れ方など知らん。かける言葉など思い浮かばん。だから、何も考えられぬ程体を動かし、眠り、食べ、日々を過ごせばそのうち怨みも忘れられるかと思ってな」
「……相変わらずですな」
木剣をあわせ、打ち合う。
何度も何度も。
そろそろ日が暮れようかというとき、騒がしい獣人たちが館を訪れた。
「ナシーフ様! 大変なのニャ!」
「ドラゴンだワン!」
「それじゃあわからないっぴょん! もっとちゃんと話すっぴょん!」
「ドラゴンがハーピーの集落を襲っているようです。魔王様にはハーピーが伝令に行きました。ナシーフ様も急いで出立する準備を」
「そうか、わかった」
私は館の中に戻り、皮の鎧を身につけ、イクルアと盾を手にする。
館から出ると、ヴァラースと4人の獣人が待っていた。
「ドラゴンが相手ならば、人数は多い方が良いでしょう。お供します」
「死なぬと約束するなら連れて行こう」
「約束などできませんが――、死ぬ気はありません」
ヴァラースの目を覗き込む。
死にに行く者の目ではないか。
「良いだろう。ついて来い」
「え? それって私らもかニャ?」
「空気読むワン」
「でもドラゴン相手は死ぬっぴょん。ヤバイっぴょん」
「“逃げよう”などと考えてはイカンぞ」
こうして私たちはドラゴンの元へ出発した。
しかし、途中でアロンザたちと合流し、来た道を戻る破目になるのだが。
―――
館に戻り、一晩を明かした。
俺は昨日の少年のことを考え、ずっと眠れなかった。
館の広間に行くと、すでにみんなが集まっていた。
ナシーフ、アロンザさん、ロージー、ラーナ、マイマイさん、魔王様、オークリーダーに獣人4人。
「リーク、眠れたかの?」
「いいえ、眠れませんでした」
「そうじゃろうな」
魔王様が声をかけてくれる。
ラーナが黙ってお茶を出し、ロージーが食事の配膳をしてくれる。
どうやらみんな俺を気遣っているようだ。
「今日、行くんですよね?」
もちろん場所は決まっている。
「もちろんじゃ」
魔王様の言葉に、全員が頷く。
獣人たちとオークリーダーさんも頷いているが状況は聞いたのだろうか?
そんな疑問は置いておいて、みんなと食事を摂り、準備を済ませた。
さあ行こう。
一晩考えて、俺の中で結論は出ている。
後はあの少年に会うだけだ――。