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リッチな俺と魔物の国  作者: よしむ
第五章 どらごんすれいやー
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第三十二話

「ぴーちくぱーちく。わたしははーぴー」


 今日も大空を一人飛ぶ。

 青く澄み切った空、白く悠然と浮かぶ雲。

 今、この大空はわたしだけのものだ。


「ぴーちくぱーちく。わたしははっぴー」


 眼下に広がる森林。

 木々の切れ目から垣間見える人々の営み。

 きっと幸せがたくさんある。


「ぴーちくぱーちく。わたしはうれぴー」


 だからわたしは自然と口ずさむ。

 こんなに楽しい気分なんだ。

 歌っちゃうのは自然なことだと思う。


 上昇気流に乗り、高く舞い上がる。

 そのまま勢い良く滑空して、木々スレスレの所を飛ぶ。

 体に受ける空気の抵抗が心地よい。


 お空の散歩を思う存分楽しんだわたし。

 そろそろ家へ帰らないと、しなきゃいけないこともたくさんある。

 そう思いながら家の方を見ると、黒い煙が上がっていた。



―――



「ぬぇえい、チェストォォォ!」


 雄たけびを上げながらアロンザさんの下半身めがけて大鎌を振るう。


「チェストは、胸でしょ!」


 素直なツッコミをしながら跳躍して避けるアロンザさん。


「計算通り」


 下卑た笑みを抑えられない俺は、空中にいるアロンザさん目掛けて6本の触手くんを放つ。

 空中では機動を変えられまい! 今日こそこの触手でアロンザさんに痛い目にあってもらうのだ!


 自信満々に繰り出した触手だったが、アロンザさんの短剣で斬り付けられ6本とも機動を捻じ曲げられる。


「イタタタタタタい!」


 6本対1本なのに、1本もアロンザさんの柔肌に届かないなんて……。


 空中で体を捻るアロンザさん。

 そして繰り出された尾撃。

 顔面にモロに受けた俺は、そのまま吹き飛ばされる。


「25点くらいかしらねー」


 まだまだ赤点を卒業できない俺。

 ラーナと館に戻ってから、1ヶ月。

 午前中は鍛錬して過ごすようになっていた。

 高すぎる目標は目標たりえないと考えた俺は、アロンザさんを触手くんでいやらしい目に遭わせるという目標を立て鍛錬に励んでいる。


「うう……今日もダメだった……、俺には才能がないのか……」

「そうねー、ラーナと比べちゃうと絶望的ね」


 アロンザさんの言葉に涙していると、ガチムチの悪魔が姿を見せた。コルラートさんだ。


「皆さんこんにちは、ロージーさんはいらっしゃいますかねェ?」

「はい! はい! ここにいますよ~!」


 ロージーがコルラートさんに駆け寄る。


「遂に例のブツができやした」

「おおっ!」


 嬉しそうな声を上げるロージーに、コルラートさんが馬に引かせてきたブツを見せる。

 銀灰色に輝く大きな壷のようなものに、二つの車輪がついたものがそこにはあった。


「おおおおっ!」


 目をキラキラと輝かせて見入るロージー。


「ちょっと待って、コレってもしかして……」


 アロンザさんの声が震えている。

 久々だな、アロンザさんが狼狽しているなんて。


「さすが姐さんにはわかりますか! そうでさァ、真の銀“ミスリル”製でさァ!!」

「ミスリルって何だ?」


 凄そうな金属ってことだけしかわからないので聞いてみる。


「良くぞ聞いてくれましたリークの旦那! ミスリルは魔法との親和性が高く、その固さは神の金属とも呼ばれるオリハルコンに次ぐ程のものでさァ! こんな希少な金属で植木鉢を作っちまおうなんて、凡人には一生思いつかないでしょうなァ!!」


 へー、それは凄そうだ。

 それにしてもコレは植木鉢だったのか。


「コルラート、ちょっと話があるわ……」

「おおっ、姐さんさては? それじゃあちょっとアッチの建物の影にでも行きましょうかァ!」


 コルラートとアロンザさんが館の影の方に行く。

 アロンザさんってあんな低い声出すときがあるんだなー。


「リークさん! 私の薔薇をあの植木鉢に植えます! 手伝ってください!」

「おう、任せとけ」

「私も手伝おう!」


 ナシーフとラーナの二人が声を合わせる。

 肉体系の二人が俺とロージーの前に仁王立ちしている。

 これはすぐ終わりそうだな。




 ミスリル製の植木鉢にロージーの薔薇を植え終わった頃、アロンザさんとコルラートは戻ってきた。

 とぼとぼと歩くコルラートの姿は、先生に怒られた小学生みたいだ。


「何を話してたんだ?」

「常識についてよ」

「……すいやせんでした」


 コルラートさんがすっかり気落ちしている。

 なんだかわからないけど、気の毒だな。


「コルラートさん! コレ、どうやって動かすんですか?」

「それはですねェ! ロージーさんの前に3つの棒があるでしょう? その棒に魔力を流し込むと走り出します! 左の棒に魔力を流すと左の車輪が、右の棒に魔力を流すと右の車輪が回るんでさァ! 真ん中の棒はブレーキで、スピードを落としたいときに魔力を流してくだせぇ!」


 急に生き生きと語りだすコルラート。

 アロンザさんはため息をついている。

 というかこの植木鉢動くのか。


 ロージーが薔薇から伸びる蔓を二本の棒に巻きつけ、魔力を送ると猛スピードで植木鉢が走り出した。


 そのまま大きな木にぶつかる。


 その様子を見ていたその場の全員が慌ててロージーの元へ駆け寄る。


「大丈夫か!?」

「すごいです! この植木鉢すごく頑丈です!!」


 どうやらロージーは無事だったようだ。


「練習が必要だな」

「何事も鍛錬だな」


 ナシーフの言葉にラーナが頷く。


 こうしてミスリル製二輪駆動式植木鉢を手に入れたロージーは、その日一日中走り回っていた。

 楽しそうで何よりだ。



―――



 ロージーの植木鉢が届いた次の日の朝食。


「リーク、頼みたいことがあるのだが」

「任せとけ」

「まだ内容を言っていないぞ。ドラゴンに貢物をしてきて欲しい」

「ド、ドラゴンッ!?」


 俺ではなく、ラーナが声を上げる。

 ここは俺が驚くべきなんじゃないかな……。


「わ、私も行きたい。ドラゴンを見てみたい。できれば倒したい」


 珍しく興奮した様子のラーナが口走る勇猛な言葉。

 ドラゴンってどう考えても強そうだし、戦うのとかは嫌だな。


「行くのは良いが、倒すのは駄目だ」

「みんなが行くなら私も行きたいですー。せっかく植木鉢をもらったんですし」

「構わん、危険はないからな。場所はアロンザが知っている」

「やっぱり私も一緒に行く破目になるのね……」


 残念そうに呟くアロンザさん。

 ということは俺、ラーナ、ロージー、アロンザさんの4人で行くということか。


「ナシーフは?」

「少し用事があってな」


 何にしても断る理由はない。

 ドラゴンって聞くとちょっと怖いが、危険はないということだしな。


「わかった。朝食が終わったら出発ってことでいいのかな? アロンザさん」

「そうね。山道はこの歳になると堪えるのよね……」

「山か。やはりドラゴンは山に棲んでいるものだな!」

「植木鉢で山登り、ですっ!」


 ローテンションな1名とハイテンションな2名。

 ゾンビ騒ぎのときのような危機でもなく、ユッタ草のときのような焦燥感もない。ましてや魔王城へ向かうときのような恐怖もない今度のお使いは純粋にハイキング気分で行けそうだ。


 朝食を済ませ、準備を済ませた俺たちはドラゴンが棲むという山へと出発した。



―――



「それにしてもなぜドラゴンに貢物なんてしてるんだ? 討伐してしまえばいいじゃないか」


 道中、ラーナが疑問を口にする。


「魔王様なら倒せそうだよな。自分で最強って言ってたし」


 俺はラーナに同意を示す。

 貢物をするくらいなら倒してしまえばいいのに。


「ドラゴンと魔王様が戦ったら被害が大変なことになるわよ。魔王様は手加減なんて上等なことできないの」


 そういえば魔王様も自分で手加減ができないって言ってたな。


「あたり一面が荒野になるよりは、貢物で黙ってもらった方が良いってことか。ラーナはドラゴンを倒したがってたけど、何でだ?」

「私たちの国では竜殺しの英雄譚がいくつかあってな。私も寝る前によく聞かされたものだ。そんな話を聞いてるうちに、私も憧れるようになってな。そして私は決めたのだ、いつかこの手でドラゴンを仕留めてやろうと!」


 子供の頃からの夢か。

 俺がこの世界で自我を得てからそれなりの時間が経った。

 だがいまだにこの世界で生きる意味を考えずにのらりくらりと生きている。

 このままでいいのだろうかと思うことが最近増えてきた。


「んー、なんか待ち伏せされてますよ。宝石目当てですかね?」


 宝石箱を持ったロージーの言葉で俺の思考は現実に戻る。

 道の先には以前ラーナを狙って襲ってきた獣人の4人がいた。

 猫耳、犬耳、兎耳、馬耳だ。


「ニャッハッハッハ! やっぱりドラゴンへの貢物をしにノコノコ来たのニャ!」

「この時期に毎年貢物をしていることは調べがついてたワン!」

「そしてドラゴンに憧れを持つ人間の王女が馬鹿面晒してついてくることもわかってたぴょん」

「……三週間も待ったがな」


 相変わらずの4人だ。

 果たしてこいつらは自分たちのしていることがわかっているのかと心配になるくらい緊張感がない。


「あんたたち、何の用?」


 アロンザさんの低い声が響く。

 昨日、コルラートを館の影に連れて行ったときのような声だ。


「ニャ! にゃんでアロンザ様がいるのニャ! 不味いのニャ、殺されるのニャ!」

「ナシーフ様がいないからチャンスだとか言ってたのは誰だワン」

「ナシーフ様はいなかったぴょん。情報は間違ってないぴょん」

「……落ち着け、お前たち」


 アロンザさんを見てうろたえる4人。


「アロンザさん知り合い? こいつら前にラーナを狙ってきた賊なんだけど」

「へぇ、じゃあ今回で2回目ってワケ? どうせ前はナシーフが何の罰も与えずに放っておいたんでしょ。アイツは甘いのよね」


 なんかアロンザさんがとっても怖い。

 そんなアロンザさんを見てロージーが怯えている。


「い、一回やられたくらいで諦めるニャン弱者と一緒にしにゃいで欲しいニャ!」

「そうだワン。人間は全員殺されるべきだワン」

「あいつらのせいで酷い目にあったぴょん。同じ目にあわせてやるぴょん」

「……復讐が何も生まないことはわかっている。だが、我々の慟哭は人間が駆逐されるまでやむことはない」


 過去にあった戦争のことでこいつらは人間を恨んでるのか。

 どうして戦争をしていたのか、彼らに何があったのかは知らない。

 そんな俺が彼らに何かを言う資格などないのかもしれないが。

 俺はゆっくりと口を開いた。


「命には命を、目には目を、鼻には鼻を、耳には耳を、歯には歯を、全ての傷害に同じ報復を――」

「その通りだニャ! 変態触手アンデッドのくせに良いことを言うニャ!」

「人間どもから全てを奪ってやるワン」

「そうだぴょん、里のみんなの仇を討つんだぴょん」

「……」

「しかし報復せず許すならば、それは自らの罪の償いとなる」


 俺がいた世界の言葉だ。

 罪には罰を与えなければ社会は混乱し、機能しなくなる。

 しかし、やられたらやり返すという考えだけでは際限なくやりあうことになってしまう。

 どこかで誰かが許すことが必要だ。


「奪われたことがニャいからそんなことが言えるニャ」

「許したら付け上がるだけだワン」

「人間はいつも奪っていくぴょん」

「……問答無用だ。我々は我々の道を行く」


 当然納得されなかった。

 それはそうだろう。

 この世界で俺は何かを奪われたことなどない。

 前の世界での記憶でもそんなことはなかったと思う。

 そんな俺から発せられた、借り物の言葉が彼らに届くはずなんてない。


「みんな、こいつらの相手、俺に任せてくれないか?」


 俺の言葉に、黙って様子を見ていた3人が頷く。


 ラーナは少し暑苦しいが良いやつだ。

 この獣人たちだって悪いやつらじゃないと思う。

 出会い方が違っていればあの輪の中に俺も入れたかもしれない。

 だから、俺はどっちも救いたい。


 俺は大鎌を構え、6本の触手くんを展開する。

 

 以前戦ったときは触手から放つ魔法の矢による奇襲で数を減らせた。

 だが今回はそううまくはいかないだろう。

 しかし、俺はこの1ヶ月でアロンザさんにみっちりと鍛えられた。

 今なら優勢に戦えるはずだ。


「ニャめるんじゃニャい!」

「調子にのってるワン!」


 猫耳と犬耳が俺めがけて跳躍してくる。

 俺はただ真っ直ぐ触手くんを伸ばし、猫耳と犬耳の胴を打突する。


「ニャぶっ」

「ぐワンっ」


 猫耳と犬耳が俺の攻撃であっけなく意識を失い、手に持っていた武器を落とす。

 落とした武器は以前扱っていたものとは違った。

 あの輝きは銀製の武器か。


 時間差で突撃してきた馬耳と、それを援護する銀の矢。

 俺は銀の矢を丁寧にかわし、速度の乗った肘による打撃を大鎌の柄で受け止める。


「……以前とは比べ物にならんな」

「努力したからな」


 懐に入られた俺は、石突きで馬耳の顎を狙う。

 俺の一撃をバク転で回避する馬耳。

 一瞬できた射線を見逃さず、兎耳から矢が飛んでくる。

 半身になってかわそうとするが、俺の肩に銀の矢が突き刺さる。


「うぐッ」


 銀でできた矢はナシーフにイクルアで突かれたときと同質の痛みを俺に与える。

 痛みに必死で耐えながら兎耳に触手くんを3本くれてやる。もう3本は馬耳だ。


 1本、2本目を見事に回避した兎耳だが、3本目の触手くんに捕まった。

 そのまま捕縛する。


 左右から迫る触手くんを左腕と右腕で受け止めた馬耳に対して、残った1本で打突する。

 馬耳はその最後の触手を右から左に蹴り、一回転、触手の包囲網から脱し俺に接近を試みる。

 が、兎耳に対して放った1本目と2本目を使い、そのまま馬耳も捕縛する。


「離せっぴょん!」

「……無念」


 銀の矢を一本肩に受けてしまったが、獣人たちの動きに触手くんを合わせることができるようになっていた。

 アロンザさんの動きに比べれば、4人の獣人たちの動きは追えないものではない。


「見事だった」

「まー、こんなもんかしらね」

「やりましたねっ」


 戦いを終わらせた俺にみんなが声をかけてくる。


「アロンザさん、こいつらのことなんですが……」

「いくらなんでも2回目じゃ見逃すわけにはいかないわ」


 俺の言葉を途中で遮り、ロープを取り出すアロンザさん。

 山登りの際に使うであろうと持ってきていたものだ。


「殺したりとかは……」

「それを決めるのは私じゃなくてナシーフよ」


 アロンザさんはため息をつきながら答える。


「すまんな、私のためにこんなことになってしまって」

「これもお仕事のうちだからね」


 少し陰鬱な気分でその会話を聞く。

 獣人たちの恨みはどうすれば消してあげられるのだろうか。

 こんなことを考えるのは傲慢かもしれない。

 でも今の俺は考えられずにいられなかった。


「上から何か来ますっ!」


 ロージーが突然あげた声に、その場にいる全員が空を見た。

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