第三十話
俺とナシーフは魔王城で一晩を明かし、再び魔王様と謁見していた。
「昨日はすまんかったの、リーク」
俺の顔を見て、開口一番魔王様は謝ってきた。
こんなに素直で良い子なのにナシーフときたら……。
「いえ、ちょっと苦しかったですけど、色々便利で良いモノですよ」
もらった大鎌は背負う形になっているが、触手で支えている。
触手を出すのに苦労しないようにローブに所々穴をあけて、モヤモヤでごまかしたり工夫もした。
訓練次第で大量の敵を同時に相手できるようになるだろうし、触手くんのプレゼントは本当にありがたかった。
「うむ、余の作成したモノだからの、当たり前じゃ」
一晩明け、完全に元のキャラクターを取り戻した魔王様。
年端もいかない少女が魔王という立場をこなすのは大変なんだろう。
だから昨日少しだけ泣いていた魔王様のことは、俺の心の内にそっと閉まっておこうと思う。
そんな俺と魔王様の会話を見守る一人の女性がいた。
魔王様の横に立っているその女性は、長い金色の髪をくるくると巻いた髪型をしている。
俺をじっと見つめるその瞳はサファイアにように青い。
やや華美な印象を与える装飾の甲冑を身に纏い、腰には剣を帯びている。
その身体からは高密度の魔力、それも光とか聖とかの……を感じる。
正直、近くにいられるだけで俺は成仏しそうなのでもう少し離れて欲しい。
「して、そちらの女性は?」
そういえば横にいたナシーフが、金髪の女性の素性を尋ねる。
俺も気になっていた。
明らかに只者ではない魔力量の女騎士。
しかも人間のように見える。
魔物の総本山であるはずの魔王城で、人間っぽい人が二人もいるというのも面白い。
「うむ、人間の王女じゃ。なんか人質とか言ってよこしてきおった。全くもってめんどくさい」
「スヴェトラーナと言う。よろしく頼む」
女騎士じゃなくて姫騎士だったらしい。
若干威圧的な声に聞こえる。
それにしても人間と魔物は仲が悪いって聞いてたけど、王女様が護衛もなしにこんなところにいるってどういうことだろう。
しかも人質って。
「私はリザードマンのナシーフ」
「リークです。リッチらしいです」
俺が自己紹介すると、スヴェトラーナはピクリと眉を動かした。
あからさまに俺に対して反応した。
もしかしてこの女性は……。
アンデッドフェチか何かか。
「それでのぅ、お前たちにこの王女を預かって欲しいのじゃ」
「我々より適任は沢山いると思うのですが……。例えばドラキュラ伯爵などは人員の量と質を兼ね備えてます。我々に任せるより安全かと。」
「あやつは口が臭いから嫌じゃ。それに吸血鬼は信用できん。ナシーフ、アロンザ、リークの三人がおって守れぬなら、どこにいても同じじゃろうしの」
え、ナシーフとアロンザさんってそんなに強いの? っていうか俺も頭数に含まれてるのか。
「そもそも王女様の命を狙うような輩っているんですか?」
「戦争を再開したい血の気の多い魔物もいるんじゃよ。ちなみに余はどっちでも良い。だから別にこの王女を守りきれなくても構わん」
魔王様の言葉にも王女は動じていなかった。
一人で敵対している魔物たちの中にいるというのに肝が据わっている。
「そうですか……。我々には拒否する権利はないようですな」
「そういうことじゃ。失敗しても咎めたりはせんがの」
「ちなみに魔王様がこのまま魔王城で保護するっていうのは無しなんですか?」
「うむ、めんどくさいからの。それに余は最強故に手加減とかできんのじゃ。守ろうとしてこの城ごと王女を消し飛ばしてしまうかもしれん」
なるほど。
俺としては回りの人たちが危険に晒されるのは困るが、この女性に死なれるのも寝覚めが悪いから何とかしてあげたいが。
それにしても魔王様ってやっぱり凄いんだな。よく人間たちはこんな魔王様相手に戦争する気になるもんだ。
「仕方ありませんな、それでは王女様は我々で引き受けましょう」
昨日は冷や汗をだらだらと流していたナシーフだが、今日はちゃんと喋っている。
「うむ、頼んだぞ」
結局俺たちは人間の王女様を引き受けることとなった。
そういえば魔王様って外見は人間みたいだけど、種族はなんだったんだろうか。
―――
王女様を館に連れ帰る破目になった俺たちは、その日のうちに魔王城を後にすることとなった。
あまり長居をしていると王女様の情報が伝わり、道中を狙われかねないからだとか。
「申し訳ありませんが馬などは連れてきておりません、王女様にも徒歩で私の館まで来ていただくことになります」
「わかった。それと言葉遣いは普通でいい、呼び方もラーナでいい」
縦ロールを揺らし、笑顔を見せるラーナ。
さきほどまでの威圧感は薄れ、非常に友好的だ。
「それではそのように。リークは常に魔力を探って安全を確保してくれ。どこで襲われるかもわからん」
「わかった」
返事をしつつ意識を集中する。
俺が気を抜かなければ不意打ちは防げるはずだ。
こうしている間もラーナはこちらをちらちらと見てくる。
どうやら俺のことが本格的に気になるらしいな。
「ラーナは俺たちが怖くないのか?」
歩きながら会話を振る。
これからひとつ屋根の下で暮らすことになるのだ、今のうちからコミュニケーションをとっておきたい。
「怖くない……わけではないがな。正直、魔王の方が怖かったよ。あの底知れぬ力がな」
「う、うむ」
「魔王様は良い子だぞ。いくら凄い力を持ってるからってあんまり怖がっちゃかわいそうだ」
「う、うむ」
「ふふっ、お前が正しいな」
ナシーフは難しい顔で頷き、ラーナはおかしそうに笑う。
「こうして見るとこの国も私の国も変わらないんだな。私はもっと魔物たちというのは凶暴なものだと思っていたよ。魔王も黙っていればかわいい女の子だしな」
整備された道を歩きながらラーナが言う。
「魔物にも凶暴なものはいる。人間だってそうだろう」
「そうだな」
そんなことを話しながら帰り道を行く。
このまま何もないまま館に着くだろう、そんな風に考え始めていた頃、忍び寄る気配に気づいた。
「ナシーフ、20人くらいに囲まれ始めてる。もうちょい多いかもしれない」
俺が気づいたときには既に囲まれていた。
気づかれないようにうまく連携して囲みを作っていたようだ。
「どうしてわかるんだ?」
ラーナが問うてくる。
「魔力を感じるから、としか言いようがないな。どうしてかはわからない、俺生まれたばかりでさ」
「そうか、生まれたのはいつごろだ?」
「まだ2ヶ月は経ってないな」
「……そうか」
「それでナシーフ、どうするんだ?」
「このまま前面に突き進み突破する。どうせ包囲を解くにはどこかを破るしかない、なら館に近い方で良いだろう。私が突っ込む、リークは後ろから来るのを適当に相手してくれ」
「私は?」
ラーナが自分の役割を聞く。
戦う気まんまんなのか。
「自分の身を守れ」
「そうか。わかった」
ラーナの返事を聞くと、ナシーフは走り出した。
ラーナもそれに続き、その後ろに俺がつく。
走りながら、俺は大鎌を手にし、触手くんを背中から6本展開する。胸から出すと大鎌を振るうのに邪魔になる。もちろん索敵は続ける。
もしかしたら今の状況を想定して、魔王様は触手くんを俺に渡したのかもしれない。
いくらなんでも俺の魔力を浴びて気絶する程度の能力しかない者が刺客とは考えにくい。
一番戦力として不安定な俺のために魔王様は色々考えてくれたのだろう。
今度何かしらのお礼をしなくちゃな。
走っている俺たちに向かって、左右の木の陰から矢が飛んでくる。
ラーナに当たらぬよう触手でかばう。
俺は矢がささったところで問題ないし、ナシーフは自分でどうにかするだろう。
いくつかの矢が触手くんに突き刺さる。
地味に痛い。
触手くんと感覚は共有しているのだ。
急に後ろから出て出て来た触手くんにラーナは悲鳴をあげていたが、俺が操っているものだと確認すると「お、おどかさないでくれ……」と言いながら安心していた。
普段はナシーフのような話し方であまり女性的な柔らかさを感じないが、悲鳴は女の子らしかった。
どうやら先に走っていったナシーフは囲みを作っていた連中と接触したようだ。
本当にナシーフは足が速い。
後方の輩はまだ追いついてこない。
俺たちが急に走り出したため、連携が崩れたらしい。
もしかしたら襲撃者たちはあまり練度が高くないのかもしれない。
することもないので横から矢を撃ってくる連中に適当に魔法の矢を撃つ。魔力を感じる方に大体、といった感じで撃っているのであたりはしないだろうが、牽制にはなるだろう。
余裕があったのでラーナの様子を伺ってみると、意外と言うべきかやはりと言うべきか……とても落ち着いた様子だった。
周囲をしっかり警戒しながら前へと走っている。
手にしている剣には文様が浮かんでおり、恐らく魔具であろう。
魔具を扱えるようだし、今の落ち着いた様子を見ているととても実戦がはじめてには見えない。
恐らく実戦を何度か経験したことがあるのだろう。
ようやくナシーフに追いつくと、まわりには10人程倒れていた。
「襲ってきた連中はたいしたことないのか?」
「違うな。私が強いのだ」
言いながらニッと笑うナシーフ。
今のところ否定する材料もないので、否定はしない。
「それで、このまま突破するのか?」
「後ろから追ってこられるのも癪だ。ここで待ち構えて全員片付けてしまおう」
近づいてくる魔力は多くとも20には届かない。
俺は頷き同意を示す。
ラーナの方に目をやると、「私はお前たちの指示に従うよ」と自分の意志を示した。
「倒れてるやつらは殺したのか?」
「みねうちだ」
ナシーフが答える。
しかし、ナシーフの手にしているイクルアは両刃だ。みねなど無い。
だがパッと見、全員生きているようには見える。
「やっぱり生け捕りにした方がいいのか?」
「生け捕りにしても、我々には管理できないだろう。3人しかいないのだ。殺さないで済むならその方が良い、それだけだ」
意識を取り戻せばまた襲ってくるかもしれない。
そんな考えが一瞬頭をよぎる。
だが、ナシーフの言う通り殺さないで済むならその方が良いに決まっている。
「ところでリーク。お前の背中から生えているソレは何だ?」
「魔王様から戴いた寄生生物の触手くんだよ。伸ばすも掴むも自由自在、しかも先っぽから魔術を撃ちだすこともできるらしい」
「そうか。凄いな。だが気持ち悪い」
「そうだな、気持ち悪いな」
「な、なんだと!?」
酷い、魔王様のお気持ちをそんな風に言うなんて!
うにうにと触手を蠢かせ、俺の荒ぶる怒りを表現する。
うにうにと触手を蠢かしていると、襲撃者たちが姿を現した。
隠れているような魔力は感じられない、恐らく目の前に現れた16人が全てであろう。
「ナシーフ様、その人間をこちらに渡してもらえませんか?」
中央に立つ、オークの男が言う。リーダーだろうか。
襲撃者たちはオーク、獣人、獣?、ゴブリンなど様々だ。
姫騎士……、オーク……、触手……。
なぜか俺はやらしい気がした。なぜかはわからない。
「魔王様よりこの女を守るよう言われた。渡すことはできんな」
「そうですか、では力尽くで」
「最初からそのつもりだろう」
言うやいなや、ナシーフとオークリーダーが刃を交わらせる。
ナシーフとオークリーダーが打ち合う。意外とオークリーダーが強い。
あれ? ということは俺とラーナで15人相手にしなくちゃいけないのか。
などと考えていたら左右から2人ずつ、俺に飛び掛ってきた。
4人とも獣人で猫耳、犬耳、兎耳、あと一つは……たぶん馬耳だ。
俺は咄嗟に触手くんで迎撃するが、4人の獣人にうまくいなされる。
「うえ、きもちわるいニャ……」
「アンデッドで触手って最低だわん」
「貧乏クジだぴょん」
「全くだな」
こいつらに時間をかけているとラーナが危ない。
ラーナの方を見ると、オークやゴブリン、獣に囲まれている。
この緊張感のない獣人どもを早く一掃しなくては。
俺は大鎌を右手に持ち、左手で魔法の矢を放ち牽制する。
そして、猫耳に3本の触手くんを向け、他の獣人に1本ずつで相手する。
まずはとにかく数を減らすことだ。
できればもっと触手くんの本数を増やしたいところだが、これ以上増やすと制御が甘くなる。
「近づけないわん」
「でもこの手合いは近づけばどうにでもなるっぴょん」
3本の触手くんを猫耳に時間差で放つが器用に回避される。
このままでは埒が明かない。
まだ試したことはないが、魔王様は触手くんの先からも魔術を放てると言っていた。
触手くんでは物理的な攻撃しかできないとこいつらは思ってるはず。
うまくやれば一気に数を減らせる。
狙うは回避に専念している猫耳より、むしろ俺の隙を探っている犬耳、兎耳、馬耳だ。
犬耳に対し俺は触手くんを薙ぐ。
それを跳んでかわした犬耳は、そのまま一回転し俺に向かってくる。
手にした剣をそのまま振り下ろしくるが、俺は右手に持っている大鎌で弾く。
見た目は非常に重そうな大鎌だが、俺は易々と片手で振り回す。
筋力はアロンザさんにバカにされる程度しかないはずなのだが、この大鎌は軽く振り回せる。
片手では大鎌を扱えないと踏んでいたであろう犬耳は驚いているようだ。
着地した犬耳の後ろで、触手の先が犬耳の方を向いている。
兎耳は手にしている弓で俺に矢を撃つ。
たしかに威力の高いであろう矢だが、俺にはあまり効果が無い。
鬱陶しいが、この矢がラーナに向かないことを感謝すべきだ。
触手くんを勢いよく伸ばし、兎耳を狙う。
正直な刺突に、兎耳は半身を引き回避する。
最低限の動きで回避した兎耳を、触手くんはそのまま機動を変え兎耳に巻きつこうとする。
気づいた兎耳が上に跳び回避するが、機動を変えられない空中に逃げたのは失敗だった。
着地地点を予測し、触手の先を向ける。
馬耳はごつい手甲をはめているが、特に武器を持っている様子はない。
体術による打撃、関節技、投げで戦うスタイルだろうか。
もしくは武器を隠し持ち油断を誘っているのかもしれない。
馬耳は真っ直ぐ俺に向かってくる。何の策も感じさせない愚直な突進。
触手くんを叩きつけ、魔法の矢で牽制するとかわしながら距離をあける。
その繰り返しだ。
こいつはもしかしたら攻勢に出るフリをして、俺の気を引き付けたいだけなのかもしれない。
そう考えるが、こちらに何度も真っ直ぐ向かってくるため、相手をしないわけにはいかない。
3人に対してチャンスを伺っていると、犬耳と兎耳相手にほぼ同時にチャンスが訪れた。
頼むぞ、触手くん。
そう念じながら、俺は触手くんから魔法の矢を放った。
犬耳は背後から放たれた魔法の矢を受け昏倒した。
兎耳はなんとか反応し、左腕で防いだようだ。
だが、魔法の矢をうけた腕はしばらく使い物にはならないだろう。
弓矢は射れないはず。
やった。
そう思った俺の目の前に猫耳が迫る。
「そんなことだろうと思ったニャ。こっちの触手の動きが甘かったニャ」
く、猫耳は頭が悪い……なぜかそう思い込んでいた俺を嘲笑うかのような猫耳の表情。
完全に俺の考えが読まれていた。
猫耳は左右の手、それぞれに握られた短剣を俺の腹部に突き刺す。
俺の体に激痛が走る――はずが、ナシーフに刺されたときほど痛くない。というよりあんまり痛くない。
俺は6本の触手の制御を放棄し、胸から新たな触手くんを伸ばし猫耳を拘束する。
「うにゃああああああ、何でなのニャ!? 少しは痛がるのニャ! というか何で胸からも触手が出てきてるのニャ! 卑怯なのニャ!」
「アンデッドには通常の武器は効果が薄いっぴょん。銀製か、魔具でないとダメなんだぴょん。そんなことも知らないなんて、バカだぴょん……」
そ、そうだったのか。俺も知らなかった。
やはり猫耳は頭が悪かったようで助かった。
「うにゃああああああ、こうにゃったら魔術を使うニャ! うーにゃららった――」
しまった、こいつバカなのに魔術が使えるのか。
だが呪文を詠唱しなければ放てないらしい――それなら!
俺は触手を猫耳の口にねじ込む。
「ンググッ! ほんひゃほんほふはえはへふひゃ」
何か言っているらしいが、これで呪文は詠唱できまい。
後は馬耳だが。
馬耳はこちらを静観している。
「どうした? やらないのか?」
「大勢は決したからな」
ラーナのいた方を見るとオークやゴブリン、獣たちが倒れていた。
肝心のラーナはどこに行った?
キョロキョロ辺りを見渡し探すと、ラーナはナシーフと肩を並べて座っていた。
「思ったより時間がかかったな」
「リークは生まれたてで戦闘経験があまりないのか? リッチなのに……何と言うかその…………」
ナシーフがため息を吐き、ラーナが疑問を口にする。
似たような口調でやんわりと俺を貶めている。
酷い、俺結構頑張ったのに。
「いいははははふひゃ! うんほ! ふぁは! あほ! ひへ!」
決着した戦場で、ただ猫耳の罵倒らしきものだけが延々と続いた。