アロンザさんとおるすばん
ロージー視点のお話です。
ポカポカとした陽気が気持ちのいいお昼。
リークさんとナシーフさんが慌ただしく館を出発してから数時間。
私はお庭で日向ぼっこをしていた。
本体である薔薇の花に下半身を埋め、日の光を全身に受ける。
月の光を浴びていると体中に魔力が漲り元気になる。日の光を浴びていると気持ちよくてうとうとしてしまう。
こうして館のお庭でうとうとしているけれど、何もしていないわけじゃない。
私自身がテリトリーと定めた館周辺を見張っているのだ。
敵対的な侵入者など今までいなかったから、意味はあまりないけれど。
私にはこれくらいしかできることがない。
「ロージー! お昼ごはんできたわよー」
「はーい」
アロンザさんが私を呼んでいる。さっきリークさんがつけてくれた名前を呼んでいる。
私にはごはんは必要ない。日の光と水、それに土からの養分で事足りる。
でもごはんを食べられないわけではない。人間を模しているこの体は、人間としての機能も備えている。
なぜ植物が人間を模した形をとるのかは知らない。そういうものなのだろうと納得している。
花から抜け出し、二本の足で館の中へと向かう。
アロンザさんがワンピースを着せてくれたので、リークさんも慌てずに済むようになった。
「いただきまーす」
リークさんがごはんを食べる前に必ず言う言葉。
私もマネをしてごはんを食べる前に必ず言うことにした。
ごはんのメニューはパンとスープ。アロンザさんはスープしか作れないらしい。
ナシーフさんはアロンザさんが作る料理に毎回不満を漏らす。私はどの食べ物も美味しく感じるのだが。
「ロージーは美味しそうに食べるから、作る方はとても嬉しいわ。それに比べてあのトカゲときたら」
「でも、二人ともとても仲が良さそうです」
アロンザさんとナシーフさんはとても優しくて、リークさんとも仲良しだけれど。
アロンザさんとナシーフさんの間には特別なものを感じる。
「まー、付き合いも長いしね。ロージーはずっと森の中にいたみたいだから知らないかもしれないけど……私たちはついこの間まで人間と戦争をしていてね。たまたま同じ部隊になったナシーフとはずっと一緒に戦ってきたからね」
「そうなんですか」
「そうなの。だから、一緒に多くの知り合いの死を見てきたわ」
遠くを見るような目でアロンザさんは語った。
沢山の死を共に見て、その中で長い時間を過ごしたから二人の関係は特別なものに見えるのだろう。
私の世界はリークさんとアロンザさんとナシーフさん、それにゴブノ介君や薬師のおじさんだけだ。
この中の誰か一人でも欠けるのは嫌だ。そんなのは耐えられない。
「アロンザさんは大丈夫なんですか? まわりの人がたくさん亡くなって、アロンザさんは……」
「そうね、慣れてきちゃったのかもね。この前もね、ナシーフとリークと一緒に戦ってるとき、ナシーフがドジ踏んで……。ナシーフがやられそうになったとき、私はナシーフを見捨てたわ。結局はリークのおかげでナシーフは無事だったんだけど。私はあの時、ナシーフをなんとか助けようなんてかけらも思わなかった」
いつも明るくだらだらしているアロンザさんがはじめて見せた顔。でも、すぐにアロンザさんは表情を戻した。
そんなアロンザさんに、私は何て声をかければいいのかわからなかった。
「っとまあ、だからナシーフとは全然仲良くなんてないのよ!」
アロンザさんは無理して笑顔を作ったように見えた。
―――
お昼ごはんを食べ終わり、私は食器を洗った。
丁度洗い終わったときに、この館周辺に何者かが侵入したのを感知した。
魔力の量からして大した脅威ではない。恐らく敵対的な侵入者ではなく、友好的な訪問者だろう。
「アロンザさん、誰か来たみたいですよー」
「ん? 誰かしらねー。面倒ごとじゃなければいいけど」
魔力を感知してからしばらくして、扉をノックする音が館に響いた。
予想通り、ただのお客様だったみたいだ。
「はーいはいっと。どこのどいつ様?」
アロンザさんが玄関のドアを開け、訪問者を館の中に招く。
「相変わらずですなぁ姐さんは」
「なんだコルラートかー」
アロンザさんが残念そうに呟く。
アロンザさんの知り合いらしい山羊の頭に蝙蝠のような羽、筋骨隆々とした体型の男。ちょっと怖い。いや、かなり怖い。
「お、そちらのお嬢さんはどなたですかい?」
「アルラウネのロージーです」
「これはご丁寧に。あっしはコルラートと申しまして。武器や防具、それにアクセサリーやら服飾なんかを扱わせてもらってますしがない商売人でさあ」
「で、何の用なの? 私今日はメランコリックな気分だから、用がないならさっさと帰って欲しーんだけど」
「やだなァ姐さんがメランコリックって、そんなわけないでしょー。実はですねぇ、野良リッチを拾ったと聞いて、もしかしたら武器やら防具やらが必要なんじゃないかと思いましてね」
「残念でしたー、噂の野良リッチなら魔王に呼び出し食らって魔王城に向かってまーす」
アロンザさんの言葉を受けて、コルラートの顔色が悪くなる。
「ま、まおうさまの呼び出しですか……。そ、それはお気の毒に……」
「でも丁度良かったわ。野良リッチの方はいないけど、実はこの娘も最近引き取ってね。この娘にも何か見繕ってあげたいんだけど」
「このお嬢さんにですかい? まあ色々と馬車に放り込んで持ってきたので、お気に召す物があるといいんですがねェ」
「い、いいんですか?」
「いいのよ。どうせナシーフのお金だから」
ナシーフさんのお金なら良いという理屈はわからないけど、アロンザさんが言うのなら良いのだろう。
「でもね。その前に言っておきたいんだけど」
アロンザさんの目が私を真っ直ぐ射抜く。
「ロージーは戦わなくてもいいのよ。本当は武器なんて持たなくてもいいの。さっきはリークと一緒に欲しい武器を聞いたけど、武器を持つということは戦いに参加するということよ」
「ナシーフさんやアロンザさん、それにリークさんが領民を守るために戦っているなら、私はナシーフさんやアロンザさんやリークさんを守るために一緒に戦います。私の手の届かないところで、私の知らない内に、私の知っている人が死ぬなんて耐えられません」
私はここに来てからずっとそのつもりだった。
「そう。ならいいわ。一番高そうで強そうな武器を貰いましょう!」
「はいっ!」
「貰うって、無料ってわけじゃないですからね姐さん!」
そして私は馬車に積んであった一振りのスレッジハンマーを貰うことにした。
コルラートさんはアロンザさんとナシーフさんに命を救われたことがあるらしく、格安で譲ってくれることになったらしい。
「やっぱり力こそパワーですね!」
「真理だわ、さすがね。でも、たった今大変なことに気づいたわ」
「な、なんですか……?」
「ロージーって本体から遠くに離れられないんじゃなかった?」
そうだった。
私は本体である蒼い薔薇の花の周辺でしか活動できない。
「本体ってあの庭にあるでっかい薔薇ですかい? そんなの簡単じゃないですか」
話を聞いていたコルラートさんが口を挟む。
「あの薔薇をでっかくて丈夫な植木鉢に入れて、その植木鉢に車輪でもつけておけばいいんですよ。後は魔力で動くようにすればいいんでさァ。魔力は噂の野良リッチさんやら姐さんなら余裕でしょう?」
「すごいわ、魔力って便利ね……」
「姐さんがそれを言うんですかぃ……。なんにせよ、ご入用なんでしたらあっしの方で注文しておきますが」
「お願いするわ」
「毎度ありがとうございます。ではそろそろ商売の話はここまでにして、実はお土産を持ってきていましてね」
コルラートさんはそう言いながら、箱を取り出す。
「プティングでさァ。姐さん、たしか卵料理好きだったでしょ?」
「でかしたわコルラート。さあ、早く中へ入りなさい。そして私にそれをよこしなさい」
こうして、私は武器を手に入れ、二輪駆動式植木鉢の開発はスタートし、プティングを食べることになった。
―――
「甘くておいしいです」
「美味しいわね……卵はナマでも火を通しても甘くしても美味しい万能食材ね……」
「ふつうはナマじゃ食べませんがねェ」
コルラートさんが持ってきたプティングで3時のおやつがはじまった。
プティングはとても美味しかったけど、すぐに無くなってしまうのが悲しい。
「そう言えば聞きましたかい姐さん方?」
「ん、何を?」
「なんだか人間の国が騒がしくてですねェ……。噂によると、国王と一部の大臣の独断でお姫様があっしらの国に人質として出されたらしいんですわ」
「ふーん、変なタイミングね」
「でしょう? だからですねェ、何か人間側に目的があるんじゃないかって噂になってるんですわ」
「へー、面白いわね」
私には二人の話がよくわからない。
「でも私たちには関係なさそうねー」
「そうなんですか?」
「人質が出されてたってことは、しばらくは人間との戦争もないってことでしょ」
「まァ、普通に考えればそうでしょうねェ」
二人がそう言うなら関係ない話なんだろう。
早くリークさんとナシーフさんは魔王城から帰ってこないだろうか。
私のスレッジハンマーや、二輪駆動式植木鉢の話を伝えたい。
「そういえばナシーフさんとリークさんが魔王城に呼び出されたのって、人質に出されたお姫様と関係あるんですかね~?」
「え」
「え」
私が適当なことを言うと、アロンザさんとコルラートさんが反応した。大げさに。