第三話
第一次知的生物交流作戦に見事失敗した俺は一旦森林に身を潜めることにした。
おそらく俺のせいで壊滅的打撃をうけたであろう豚面村のことを思うと罪悪感で胸が痛む。今更事の重大さに気づいた。
豚面村での惨状を考えるに、どうやら俺を見ると豚面人は泡を吹いて気絶してしまうらしい。近づくと駄目なのか、それとも目が合うと駄目なのか。
生物の音、気配を全く感じなかった理由も同じなのだろう。俺を見る、もしくは近づいた生物たちは豚面人と同じように気絶するか……もしくは死んでしまっていたのだと考えられる。
何にしろ原因と対策がわかるまで生物と接触することは避けるべきだろう。しかしコミュニケーションに頼らずどうやって自分のことを調べるのか。
うーむ。
限りなく無理ゲーに近い現実な気がしてきた。
ただ、何もかも絶望的というわけでもなさそうである。ここに来て少しずつ記憶が戻ってきていると実感している。相変わらず自分の名前さえ思い出せないが、記憶がそもそも存在していないという最悪の状況ではない。
これからは拠点を定め、周囲の地形の把握に努めよう。その間にきっと有用な記憶を思い出すはずだ。
拠点は目を覚ました遺跡(骸骨遺跡と名づけよう)にしよう。
「話せる骸骨さんがいればなあ……」
俺は誰かに聞かせるわけでもなくつぶやいた。
―――
骸骨遺跡を拠点にして活動をはじめてから15日経った。
探索の結果この遺跡の近くにはいくつかの集落・村があることがわかった。
また大量の被害者を出すわけにもいかなかったため詳しくはわからないが、子鬼、犬面、小人などの存在を確認した。
この探索期間で思い出したのだが、俺の常識ではあのような生物は空想上の物であったはずだ。
更に森林の中で非常識に大きな蜂や、ジェル状のナニカなどとも遭遇した。出会ってすぐに動かなくなってしまったが。
完全に俺の常識を覆した世界であることは明白だ。全くなぜ骸骨さんの時点で気づかなかったのであろうか。
骸骨さんといえば、骸骨さん達はどう見ても普通の人間の形をした骸骨さんなのだが、普通の人間を見かけていない。骨があるのだから生きた人間もいるはずなのだが。
15日もかけて思い出せたことが、俺の記憶・常識が役に立たないことだとは何とも情けない話である。
とはいえ15日間経過したことにより大きく状況は変わるのだが。
―――
この15日間、昼間は骸骨遺跡で返事のない骸骨さんに話かけ記憶を呼び起こす作業をすることにしていた。森林の中でばったりと誰かと出会い、惨事を引き起こしてしまうことを危惧したためだ。
村や集落に住む亜人たちは夜間森林に入るようなことはしないだろうし、もし森林に入っていたとしても灯りを使っているだろうから接触をさけることは容易だろう。
15日目も同じように夜に骸骨遺跡を出て探索をしようと思い、出口近くまで階段を昇った。
そこで二つの話し声に気づいた。
一つは女の声だ。常に戦場に在るかのような警戒心を感じさせる高い声。
もう一つは男の声だ。自己を律する厳しさを感じさせる低い声。
聞き耳をたててみるが内容が断片的にしか聞こえない。
「――中を探した方が――」
「――夜はヤツらの――――昼間を待ったほうが――――――」
何かお探しのようですね。
「――――貴方の言う通り――何せ――は多くの――を出した――――」
「リッチだからな」
お金持ちの話か。
なーんだ、それなら俺には関係なさそうだ。
きっと明日になればここを去ってくれるだろう。
如何にも怪しいこの遺跡のことなど気にせずに。
ならば静かに階段を降りて、今日のところはお休みにしよう。
そうしよう。あ、そういえば眠ることは一応できるみたいだよ。たまには一日寝て過ごすってのもアリだよね。
そんなことを考えながら階段を降りようとする。
「だが、そうもいかなくなったみたいだ」
重く、低い声が辺りに響いた。
目が合うとアウト、多くのオークなどと書きたくなってしまいます。