第二十八話
「私はロージーに教えなきゃいけないことが沢山あるから留守番するわ。いつまでもこんなにかわいい子が世間知らずのままだと危ないからね」
アロンザさんは早口でそう言い残し、ロージーと共に部屋を出て行った。
アロンザさんのあの態度とナシーフの青褪めた顔が意味するものは唯一つ。俺の明晰な頭脳は“答え”を見つけていた。
「お、俺は片付けなければならない書類とか仕事がたくさん――」
「うむ。そうだな……。留守番は必要だろう。仕事も大切だ。だがなリーク、私とお前は名指しで呼び出されたのだ」
なんということだ。
魔王からの呼び出し。
会ったことはないが、ナシーフがここまで追い詰められているのだ。楽観できる状況ではない。
「わかった。俺とナシーフが魔王のところへ行くのは確定なんだな?」
「そうだ」
「ならば魔王のことを教えてくれ」
「うむ、そうだな。それは必要なことだ」
ナシーフによると、魔王は魔物たちの王である。その絶大な力で魔物たちを庇護している。だが極端な気分屋のため、その時の気分で人間たちに戦争をふっかけたりするような者だということだ。
つまり気分を損ねれば簡単に処罰される。下手をすれば処分されることもある。
「これはマズイな。俺はこの世界の常識に疎い。ちょっとしたことで機嫌を損ねるかもしれない」
「いや、魔王様には常識など通じん。危険性は私もお前も同じだ」
なんということだ。狂人には狂人の理屈しか通じないということなのか。
「それほど危険な所なら、アロンザさんとロージーには残ってもらった方がいいな」
「ふっ、良い顔をするようになったな。それにロージーとは良い名前をつけた」
「そうと決まれば早く出発した方がいいんじゃないのか?」
来るのが遅かったから。そんな理由で処罰されてはたまらない。
「その通りだな。すぐ準備する」
すぐに準備を済ませたナシーフに連れられ、俺は魔王の城へと向かうことになった。
―――
巨大な魔王の城が目の前にたたずんでいる。
門からして高さ20メートルはありそうだ。どう考えても人間の大きさに合わせて作られた建物ではない。
城には警備の兵士がいなかった。ナシーフ曰く「必要ないからな」とのことだ。
魔王の城からは濃密な魔力が発せられている。抵抗力の低い者は、城門を拝むことすらできないかもしれないほどの魔力。
俺たちが城門に近づくと、門は勝手に開き始めた。
誰かに見られている。この城に近づいてから何者かに監視されているように感じていたが、城門が開いていくのを見て確信する。
中は明かりが乏しく、全体的に暗い。門の大きさに合わせて通路も広い。通路の広さに照明の数があっていないようだ。
全体的に華美な装飾が施されているのだが、暗さのために栄えることはない。
通路は真っ直ぐと続いている。左右に扉や通路がいくつか見えているが、ナシーフは曲がることなく真っ直ぐ進んだ。
ナシーフはこの城に来たことがあるのだろう。
しばらく通路を進むと、ようやく突き当たった。そこには豪奢な扉がある。この扉は人間が使うものと同じサイズだ。
通路の大きさが明らかに巨人に合わせて作られているというのに、目の前にある扉が人間に合わせた大きさというミスマッチな光景。
「着いたぞ」
静寂に包まれた通路にナシーフの声が響くと同時に、扉が開いた。
扉から中の部屋に入ると、そこはとても明るかった。廊下と違い、大きさが人間サイズの部屋だ。華美な装飾が充分な照明にてらされて輝きを放つ。
部屋の奥には玉座があり、そこに人影があった。距離があるせいか小さく感じる。
「待っておったぞナシーフ。それに隣にいるのが噂の野良リッチじゃな」
響いた声は威厳を感じさせるものではない。老獪な知性を感じさせるものでもない。
その声は、快活な少女の声であった。