第二十七話
俺は悩んでいた。
名前をつけることがこんなに大変なことだったとは。
その人の一生を背負うものだ。悩まない方がどうかしてる。まして、響きがかわいいからとかそんな理由で決められない。
アロンザさんから借りた“人名事典~意味を知らなきゃ後悔するゾ~”という若干ゆるい感じの本を開くがなかなか決められない。
「悩んでいるようだな。なんなら私が――」
「やめておく」
ナシーフが声をかけてくるが即断る。
ナシーフのことだから、そのまま薔薇の意味を持つ名前をつけるだろう。
ちなみに薔薇は……“ロージー”だった。なかなか良い名前に思える。
「うむ。やはり名前は当人を表す言葉が良い」
“ロージー”の名前を見ながらナシーフが語る。確かにややこしい意味をこめるより、本人そのままを表す名前がいいのかもしれない。
「まーだ決めてないの。リークってアレよねー、優柔不断よねー」
アロンザさんがにょろにょろとこちらに歩み寄る。開かれたページを見て「ロージーでいいんじゃない?」とあっさり言い放つ。
そうなのか。いいのか。よし、決めた。“ロージー”で行こう。
「ナシーフさんお客様です。マオーっていう人からの使いだそうです」
「むっ、そうか。行ってくる」
丁度良いタイミングでアルラウネの少女が来た。入れ替わりにナシーフが出て行く。
「リークさん、私の名前考えてくれてるんですね」
「いや、もう決めた。君の名前はたった今から“ロージー”だ」
「おおっ!」
ロージーとアロンザさんの感嘆の声が重なる。
「ありがとうございます!」
ロージーは蒼い薔薇の花びらをバラ撒きながら喜んでいる。よかった。
安心していると、アロンザさんが俺の耳元で「貴方が考えたから喜んでるのよ」と囁いてきた。
「そ、それにしても薔薇はどこから出してるんだ」
「魔術ね」
照れ隠しの質問に、すかさずアロンザさんの解説が入る。ロージーには聞こえていないようだ。
「ところでアロンザさんお願いがあるんですけど」
「えっちなこと以外なら大体聞くわよ」
「えっちなことは駄目なんですか?」
「えっちなことはあっちの娘に頼みなさい」
ロージーの方を見ながらアロンザさんが言う。
クッ、無邪気に喜ぶ少女に対してえっちなことなど頼めないッ……。
「実はえっちなことじゃなくて、武器が欲しいんですよ。ロージーも護身用に持っていて欲しいですし、俺もカッコ良い武器がほしいです」
「冒険に憧れる子供みたいな頼みねー、とりあえずコレの中から良さそうな物を選びなさいな」
言いながらアロンザさんは本棚から“今昔武器辞典”を取り出し、俺に渡す。
「ありがとうございます」
「でもどうして急に武器なんか? それこそ魔術で“カッコ良い武器”を造りだせばいいんじゃない?」
「虫のときに、魔力を温存しながら戦える方法があったらいいなと思いまして」
「なるほどねー。ま、買うのはナシーフだから好きなものを選びなさい」
喜んでいたロージーもこちらに駆け寄り、“今昔武器図鑑”を覗き込んできた。頭蓋骨を兜ごと叩き割れそうなハンマーを見て目を輝かせている。
「ナシーフと言えば、ナシーフの武器って変わってますよね。槍というか剣というか」
「あー、あれね。たしか……イ、イクっ、そうそうイクルアとかいう名前だったかしら。あの武器を突き刺したときの音からつけられた名前だとか聞いたわ」
つまり擬音?“ドカッ”とか“バキッ”とか“デュクシ”とかと同じか。変わった名前だな。
「ロージーはどんな武器が欲しい?」
「コレです! 力こそパワーです!」
ロージーが指差していたのは、先ほどのハンマーだ。
護身用とはなんだったのか……と思わせるような凶悪な武器を希望している。
注釈の「打撃は相手を生け捕りにするときに便利ダゾ!」という文章がシュールだ。どう考えてもこのハンマーで殴られたら死ぬ。
「真理ね。さすがだわ」
アロンザさんは感心しているが、俺には“力こそパワー”という言葉の意味がさっぱりわからない。
何か深い意味があるのかと悩んでいると、ナシーフが戻ってきた。
戻ってきたナシーフの顔色がすぐれない。
「魔王様に呼び出された」
ナシーフが絶望したような声色で呟いた。