第二十五話
「名前は考えたか?」
俺の顔を見るなり薬師は言う。
「そんなにすぐに考えつくかよ」
「それは困るな。さっさと考えておけと言ったのに」
このオークのおっさんは何が言いたいのか。ニヤニヤ笑いやがって。
「で、何の用なんだよ。俺にはもう用なんてない」
「リッチってのはみんなこんなに鈍いのか? ホラ」
薬師のおっさんが何かを投げる。
何かの液体が入った瓶のようだ。
「なんだコレは?」
「アルラウネの本体の根にかけてこい。数十年かかるもんが数時間になる」
「あ?」
薬師が何を言っているのかわからなかった。
「だからそれを使えばアルラウネの女をな、生き返す……ってのは少し違うな。回復させる? うーむ、蘇らせるも違うか。何にせよそれをぶっかければ戻って来るんだよ!」
「なん……だと……?」
「薬ってのは凄いだろ? だけどその薬はなかなか高いんだ。領主に請求させてもらうぜ」
「おっさんありがとう。お礼は戻ってきたら必ず」
「ああ、領主の方には俺から伝えておく。戻ってきたらそのアルラウネのねーちゃんを俺に紹介してくれな」
薬師のおっさんの話を最後まで聞かず、俺は家を飛び出した。
ルンヴァルトの森、あの少女と出会ったあの場所へ向かう。
―――
森の中にあって、開けた場所。
あの場所には変わらず大きな蒼い薔薇が咲き誇っていた。はじめてここに来たときと同じ、月明かりの中、俺は薔薇に近づいた。
その薔薇からは彼女の魔力を感じる。
「たしか本体の根にかけるんだったな」
確かめるように呟き、俺は薔薇の下を探る。地面にしっかりと根を張っているようだ。
瓶の蓋を取り、根や地面に液体をかける。液体なのにも関わらず膨大な魔力を感じる。実はこの薬って凄いものなのか。高価なものだったらスマン!ナシーフ!
液体が土や根に浸透していく。魔力の動きでわかる。
薔薇の葉が呼吸をしている。
吸い上げられていく魔力は薔薇の中心に集まり、形を成していく。新たな存在がその場に発現しつつある。
彼女だ。俺にはわかる。
少しずつ形を成していく彼女を、俺はじっと待った。
数十年かかる過程を数時間に濃縮した光景は幻想的で美しかった。
「あれ? リークさん? 私が産まれるまでずっと待ってたんですか? あ、あれ? なんで私記憶?」
彼女が形を成し、しばらくして彼女は目を開けた。
目を開け、俺を見た彼女は混乱しているようだ。
「オークの薬師が君に効く薬をくれたんだ。だから君があの枝を俺に渡してから1日しか経ってないよ」
「そ、そんなのあるんですか。知らなかった……」
失われるはずだった記憶があるのはなぜかなのか。そんなことはどうでもいい、きっとあの薬のおかげなんだろう。
「約束より早くなったが、一緒に来てくれるか?」
「も、もちろんです!」
戸惑いながらも微笑む彼女。
「あ、そういえば私の名前は考えてくれました?」
そして痛い質問をぶつけてくる。まだ決めてない。
「ごめん、まだだ……」
薬師に薬を渡されてからは夢中だった。名前のことなどすっかり忘れていた。あれだけ薬師に言われていたのに。
「フフっ。まったく、仕方のない人ですね」
「面目ない……」
「ま、薬に免じて許してあげましょう。それより重大な問題があります」
「なんだ?」
「私の本体のこの薔薇も一緒でないと、私はこの森を出られません」
大問題じゃないかこれは。
「そ、それはなんとかなるよ、多分」
そう呟いたが自信はない。とりあえずあの薬師に相談しよう。ここまで関わったのだから最後まで面倒みてもらおう。
再開を喜ぶ暇もなく、俺は薬師のところに戻った。
熱も下がり元気になったゴブノ介君の父親や、ゴブノ介君、それに薬師たちの協力を得た俺は、なんとか彼女の本体である蒼い薔薇を運び出すことに成功した。
具体的にはゴブノ介家の荷車を借り、みんなで引っ張ってきたのだ。
そんなことをしていた為、ナシーフたちの元へ返れたのは更に一週間後のことであった。