第二十四話
アルラウネの少女が遺した若木の枝を手に、俺はゴブノ介君の家へ急いだ。
彼女が自分の存在を投げ打ってまで遺してくれたこの若木の枝。ゴブノ介君の父親が亡くなってしまっては意味が無い。
ゴブノ介君の家まで着いた俺は、ゴブノ介君の母親に薬師の家の場所を聞いた。ゴブノ介君の母親は俺を見て多少戸惑っていたが、取り乱すことはなかった。ゴブノ介君から話は聞いていたのだろう。
ゴブノ介君の父親はまだ生きているらしい。よかった。
ゴブノ介君の母親の説明はとてもわかりやすく、薬師の家はすぐに見つかった。
俺はドアの前に立ちノックした。そして、少しドアから離れて応対を待つ。いきなりアンデッドの顔がドアの前に現れたら驚くだろうという俺なりの配慮だ。
ゆっくりと開いたドアから、オークが顔を覗かせた。ここはゴブリンだけの集落ではなかったようだ。
「アンタが領主の配下になったってリッチかい。ゴブノ介からも話は聞いてる、入りな」
薬師のオークに通された部屋は様々な臭いが充満している。部屋のあちこちに置いてあったり、吊るされている草や葉、実などから発せられる香りだろう。
「で、ユッタ草はあったのか?」
「いえ、ありませんでした。ルンヴァルトの森は魔力が濃くなり、ユッタ草が育たなくなっていました」
「そうか。そうなると……この辺りに生えてる薬草じゃどうしようもねえな」
「ですがコレを」
俺はローブの内側に持っていたアルラウネの少女が遺した若木の枝を見せた。
枝を見た薬師は一瞬険しい表情を見せたが、すぐに表情を緩める。
「アルラウネと会ったのか?」
「ハイ」
「そうか。俺も昔会ったことがある。美しい女だった。ルンヴァルトの森じゃあないがな」
あの少女の最期の少女を思い出す。
「俺が会ったアルラウネの少女も美しかったです」
「そうか。俺が薬を作っている間、お前さんの話を聞かせてもらおうか」
「ということはその枝でゴブノ介君のお父さんは助かるんですか?」
「あたりめぇだろ。これで下がらない熱なら薬じゃあどうにもならん」
言いながら薬師は作業をはじめた。
俺は彼女――アルラウネの少女と出会ったこと、彼女とユッタ草を探したこと、そして彼女が自らの魔力と存在を犠牲にその枝を渡してくれたことを話した。
考えてみれば意外と話すことは少ない。一週間も一緒にいたというのに。
「彼女の名前を考えてあげる約束をしたんだ。数十年後、彼女が戻ってくるときまでに」
「そうか。……俺はお前が枝を見せたとき、アルラウネを殺したんじゃないかと思った」
ずっと黙って話を聞いていた薬師が口を開いた。
「だがすぐにそれが勘違いだとわかった。この枝が内包している魔力は優しかったからな。誰かを助けたいという願いがこめられているとすぐにわかったよ。アルラウネを殺して奪ったなら、この枝にこもる魔力はもっとおぞましいものだったはずだ」
オークのおっさんが顔に似合わないことを言う。
「そんなことわかるのか」
「何年薬師をやってると思ってる。これでも素材を見る目はあるつもりだぜ」
彼女の優しさを理解できる薬師の存在が嬉しかった。見ず知らずの者のために自らを捧げた少女の優しさを、薬師は理解したのだ。
「よし。ゴブノ介の父親の分の薬はできた。お前はこれをゴブノ介の家に持っていけ。ゴブノ介に薬を渡したらまたここに来い」
「わかった。行ってくるよ」
「それとアルラウネの女の名前は今から考えておけ」
「ああ、そうだな」
そういえば彼女の名前を考えると言って、一週間かかっても決められなかった。
まだ時間はある――そう考えていたらあっという間に100年たってしまうかもしれない。薬師の助言に従って、すぐに彼女の名前を考え始めた方がいいのかもな。
そんなことを考えながら、俺はゴブノ介君の家へ向かった。
ゴブノ介君の家に着き、俺は薬師が作った薬を置いてきた。
ゴブノ介君も母親もとても感謝していたが、俺はあの少女のことばかり考えていて、彼らの言葉が耳に入っていなかった。この感謝は俺に与えられるべきものではなく、彼女に与えられるべきものなのだ。
「感謝されるべきは俺ではなく、アルラウネの少女です」
とだけ彼らには伝えておいた。
自分のために誰かが犠牲になったなどと聞いて喜ぶ者はいないだろう。
このまま館に帰ってしばらく引き篭もりたいところであったが、薬師が来いと言っていた。
わかったと返事してしまった以上行かなくてはならないだろう。全く、なんであんな返事をしたのかと過去の自分を殴り飛ばしたくなる。
頭の中で意味のない悪態をつきながら、俺は再度薬師の家へと向かった。