第二十三話
見つからない。やはりこの森にはユッタ草はないのだろうか。ナシーフが提示した一週間という期限が、明日に迫っていた。
「見つかりませんね」
俺の焦りがアルラウネの少女に伝わったのか、彼女が声をかけてくる。
「そうだな。明日までに見つからないようなら、俺は一旦報告しに戻らなければならない」
「その場合、ユッタ草の探索は……?」
「打ち切りだろうな。たった一人の領民のために、そこまで労力は裂けないだろう」
ナシーフがどう言うかはわからないが、恐らくユッタ草探索は諦めることになるだろう。なにせ一週間かけて掴んだ手がかりは、この森のユッタ草は絶滅したらしいという彼女の言葉だけだ。
俺の言葉を聞いた少女の瞳に、悲しみの色が宿る。
「それはつまり、ゴブリンのお父さんを見捨てると?」
「そういうことになる」
俺だってそんなことは望んでいないが、領民は沢山いる。一人の領民のためにこれだけ長期間部下を行動させてるだけでも、ナシーフは相当無理をしている。ただでさえ慢性的は人手不足だと言うのに。
「ゴブリンのお父さんは熱を出して倒れたんですよね?」
「そうだけど……それがどうかしたか?」
「必ず効くという保障はありませんが、確実に手に入る薬草があります」
「本当か? それならその薬草をまず採取しておこう」
「生えている場所はわかっていますので、期限一杯までユッタ草を探しましょう」
「ああ、そうだな。それとさ、もしよかったら……」
「はい?」
「この森を出て、俺と来ないか? 今、俺はこの国の領主様のところで世話になっているんだけど、きっと歓迎してくれる」
ナシーフやアロンザさんならきっと歓迎してくれるだろう。アロンザさんはきっと俺を色々とからかうだろうけど。
この森でずっと一人きりで暮らすより、みんなと暮らした方がきっと楽しいはずだ。名前が必要ないなんて、こんなに悲しいことはない。
「あ、ありがとう……ございます」
彼女は泣いていた。この涙はきっと嬉しくて泣いているのだろう。後はユッタ草さえ見つかれば一件落着だ。もし見つからなくても、彼女の言う薬草があればゴブリンのお父さんも治るかもしれない。
本当に彼女と出会えてよかった。彼女がいなかったら、俺はこの森で何もできなかったかもしれないのだから。
―――
そして期限の日は来た。
結局ユッタ草は見つからなかった。彼女が言う通り、この森のユッタ草は全て枯れてしまったのだろう。
「時間切れだな。昨日言ってた、効果があるかもしれない薬草まで案内してくれるか?」
「案内する必要はありません」
「ん? どういうことだ?」
「私はマンドラゴラの一種です。マンドラゴラは強力な魔法薬の材料になります。効用は――リークさんも知っているはずです」
たしか催淫、麻酔、鎮痛、それに……解熱。
「そ、それはつまり、君の身体の一部を使って薬を作れば良いってことか?」
嫌な予感がする。彼女の魔力が、彼女の体の中心に集まっていっている。
「それで済めば私は襲われたりしなくて済みますよ」
彼女は泣いているように笑っている。
「受け取ってください」
彼女の手の中に魔力が集中し、そこに若木の枝が現れる。
彼女の魔力は全てその若木に注がれてしまっている。
「こ、こんなの受け取れるわけないだろ!」
「大丈夫です。私の本体は、あの大きな蒼い薔薇です。また、時間がたてば私は生まれますから……。私は死ぬわけじゃないから平気です」
「じゃあなんでそんな顔してんだよ!」
彼女と出会ってから見た顔で、一番哀しそうな顔をしている。
「たぶん……リークさんと過ごした一週間を忘れてしまうから……」
その言葉に胸が痛む。
「……何か俺にできることはあるか?」
「私が私という存在を取り戻すまで、数十年か、もしかしたら百年近くかかってしまうかもしれません。もし、百年経っても私のことを覚えてたら……また会いに来てください。そしてその時、たっぷり時間をかけて考えた名前を下さい」
「そんなことでいいのか?」
「はい」
たった百年か。不老の俺にはそんな時間あっという間だ。
彼女の存在が、少しずつぼやけていく。魔力が枯渇し、この世界に存在を維持できなくなってきている。
「絶対会いに来るからな。お前が忘れてても、無理やりこの森から連れ出すからな」
「ハイ、待ってます――」
その言葉を最後に、彼女の存在は消えた。
彼女は最後、泣いていたのだろうか。それとも笑っていたのだろうか。