第二十二話
「なぜその草が必要なのですか?」
「どっから説明すればいいんだろ。まあ、ざっくり説明するとゴブリンの子供が泣きついてきたんだよ。お父さんが高熱を出して倒れたって」
「その熱を出したゴブリンと、貴方の関係は?」
「会ったこともない」
アルラウネの少女は俺の目をじっと覗き込む。いくら覗いても俺の目は節穴だけどな。
「……わかりました。いいでしょう」
「ありがとう。俺の名前はリーク、リッチとかいう種族らしい」
「私は……私に名前はありません」
名前がない。ナシーフやアロンザさんに拾われる前のことを思い出す。名前がないのは名前が必要ないからだ。名前が必要ないのは誰とも関わらないからだ。
「……ずっと一人だったのか?」
「そうですね。こうして誰かと話すのは初めてなのかもしれません」
俺の孤独は15日間で終わった。だが、この少女の孤独はどれほど長く続いているのだろうか。
「じゃあ、俺が名前を考えるよ」
「えっと、あ、ありがとう……ございます」
気づけば彼女の敵意は消えていた。蒼白い顔に少し赤みが差す。
「じゃ、じゃあ私がユッタ草……でしたっけ?があるかもしれない場所に案内するので……」
なぜか少しあたふたとしているアルラウネの少女。彼女は腰まである蒼い薔薇に手をかけ、ゆっくりと腰を持ち上げ――ってこれはまずい!俺は慌てて後ろを向いた。
あの大きい薔薇は着脱可能だったのか。惜しかった、じゃなかった危なかった。
「あの、どうかしましたか?」
「我々の常識では婦女子の裸を見た者は、その者と添い遂げねばならないのです」
そもそも服を着るという概念があるのか怪しい彼女にそう説明した。恥ずかしいという感情がない彼女には、こう説明するしかない。
「そうだったんですか」
納得してくれたようだ。
俺は魔力でローブを作り、彼女に手渡す。手元から離れると物質を維持するための魔力は増大するのだが、俺の魔力容量なら問題にならない。
「それを着てくれ」
「わかりました」
後ろで布の擦れる音がする。少女がすぐ後ろで着替えているという状況に俺はうろたえていた。さっきまでその少女は裸だったのだが、そういう部位は長い髪や薔薇にうまく隠されていたのだ。
今振り返れば……という思いが頭をよぎる。なぜ性欲がわかないのにこんなにドギマギしているのだろう。俺は常時賢者タイムじゃなかったのか。彼女と出会ってから俺は変だ。
「終わりました」
声がしたので振り返り、彼女を見る。似合わない……とは言わない。美しい女性は何を着ても美しい。だが、彼女にはもっと着るべき服がある。あんな布っきれを着さざるを得ない自分に少し腹が立つ。
「それじゃあ行こうか」
「ハイ、着いてきてください」
ローブから覗く美脚で歩き出す少女。あの大きい蒼い薔薇の土台はほっといてもいいのかな。彼女のことで知りたいことは沢山あった。
―――
朝日が昇り、一旦休憩することになった。アルラウネの少女も睡眠はいらないようだが、疲労は感じるらしい。
「なあ、最初会ったときさ。俺のことを警戒してたのはどうしてだ?」
敵意や警戒心が解けてきたようなので聞いてみた。もしかしたら凶暴な魔物など存在していないのではないか、むしろ――。
「アルラウネという種族がマンドレイクの一種なのはご存知ですか?」
当然のごとく無知な俺は知らない。首を横に振る。
「すまない、マンドレイクが何なのかも知らない」
「マンドレイクは植物の一種ですよ。たぶん、リークさんが持ってらした図鑑に載っていると思います」
名前を呼ばれ過剰に身体が反応してしまう。ごまかすように図鑑を取り出し調べる。
ええっと……。引き抜かれる際に絶叫を上げて、採集者を殺す……?うへえ、恐ろしいな。犬にマンドレイクを結びつけて、遠くから呼び寄せて引き抜くことで安全に採集できる……か。最初からロープとかで引き抜けばいいんじゃないのかコレ?
薬効は催淫、麻酔、解熱、鎮痛など。主に催淫効果や幻覚症状を起こす目的に使われるらしい。
マンドレイクの挿絵とアルラウネは似ても似つかなかった。
「魔法薬によく使われるみたいだな」
「そうらしいですね。同じ目的なのでしょうけど、私もよく襲われるんです」
この森の凶暴な魔物の話は、アルラウネを狙った者たちが返り討ちに会い行方不明になったことから広まったのではないだろうか。もっとも、彼女を狙った理由は美しいからだと俺は思っていたが。
彼女が内奥に秘めている魔力は、ナシーフやアロンザさんには劣るがなかなか強力に思える。そこいらの魔物には手が負えないだろう。
「もしかしたら、俺も君が目当てなのかもしれないよ? 今までの話が全部作り話で」
「そうだったとしたら、とっくに私は殺されているでしょう? 貴方の持つ魔力は、私など遥かに凌駕しています」
「信頼されてるなら、俺は君を裏切らないよ」
自然と口にしていた。彼女は「ありがとうございます」と返した。彼女が笑顔を見せたのははじめてだった。