第二十一話
鬱蒼と茂った森の中にあって、少し開けた場所に少女はいた。月明かりの中、ただ空を見上げている少女。
その少女の腰まで伸びた髪は蒼く、憂いを帯びた瞳の色も蒼かった。幼さを残した顔立ちはあまりに美しく、作り物であるかのようだ。肌は透き通るように白く、生まれたままの姿である。腰から下は蒼い大きな薔薇の中に埋もれている。
月明かりに照らされた少女があまりにも美しく、俺は固まってしまった。鼓動を止めている胸が締め付けられる。
彼女は一体何を見ているのか。視線の先を追っても、あるのは月だけだ。今宵は満月。
視線を少女に戻すと、少女は俺の方を向いていた。憂いを帯びた瞳は、敵意に染まっている。
「不死なる者よ、ここに何をしに来たのですか?」
透き通った声。彼女の声には、抗いがたい魅力がある。全てを彼女に委ねてしまいたくなる。
いや、落ち着け。彼女が凶暴な魔物なのかもしれない。凶暴に見えなくても、精神を捕えることに長けている可能性もある。
リッチはこういうことにも耐性があるのかもしれない――努めて思考を働かせようとする。
「俺はこの森にあるというユッタ草を探しに来た」
「それはどのような草ですか?」
「ちょっと待っててくれ、図鑑がある」
俺は背負っていたリュックサックから初心者用薬草辞典【改定版】を取り出し、ユッタ草のページを開き、少女に近づく。少女は俺の一挙手一投足を注視している。
ゆっくりと少女に近づいた俺は、彼女に初心者用薬草辞典【改定版】を渡した。
この少女は文字を読むことはできるのだろうか?そんな疑問が湧くが、少女の目はしっかり文字を追っているようだ。
そして挿絵を見て視線を落す。
「残念ですが、私の知る限りこの草はこの森にはありません」
「本当に?」
「ええ。この森に充満する魔力が濃くなりすぎて、この草はすべて枯れてしまいました」
彼女の言うことが本当ならここでいくら探しても時間のムダということになる。ただ、明らかに敵意を向けてきている少女の言うことを鵜呑みにする気にはならない。
「この森の他にユッタ草が生えていそうな場所を知ってるか?」
「この辺りにはないでしょうね。私の知る限り、この森以外でその草が生えるとは思えません」
「それは土壌の問題か?」
「魔力の問題です。空気中の魔力の濃さが、その草の生育には重要なのですが……今のこの森では魔力が濃すぎるのです」
「君は薬草について詳しいのか?」
先ほどの話しぶりからすると植物に対して相当の知識があるように見える。だがユッタ草という名称は知らなかった。他の魔物とは交流を一切絶ち、この森で暮らしてきたのだろうか。
「私はアルラウネですからね」
しまった、アルラウネって種族がよくわからない。腰から下を隠している大きな薔薇から、植物と縁が深い魔物だとはわかる。というかそれしかわからん。
まあ、でも会話の流れから植物に詳しいってのは肯定したように思える。それなら――
「この森にたまたま魔力の薄い場所があって、たまたまユッタ草が残っているっていう可能性はあるか?」
「無いとは言い切れませんが……可能性は薄いです」
「可能性があるならこの森を探してみるよ。色々ありがとう。それとさ、ついでにユッタ草探しに付き合ってくれない?」
この森や植物に詳しいであろうこのアルラウネの少女に手伝ってもらった方がユッタ草を見つける可能性は上がるという真面目な理由と、この美しい少女ともっと一緒にいたいという不真面目な理由を同時に満たすお誘い。
それに凶暴な魔物とこの少女は無関係ではないだろう。だとしたらその辺りも解明しておきたい。
色々自分の中に理由をつけるが、一番の理由は――彼女がとても寂しそうに見えたからだ。