第二十話
ノックの音を聞き、アロンザさんがにょろにょろと玄関へ向かう。領主であるナシーフが出るわけにもいかないし、俺が出ると怯えさせてしまうのでアロンザさんが応接することになっている。
少しして、アロンザさんがゴブリンの子供を連れてきた。
「この人が領主様だよ」
アロンザさんの口調が違う。俺と話すときのようなだるそうな喋り方ではなく、優しい話し方だ。
「は、はじめまして。ボクの名前はゴブノ介と言います」
「うむ、私はナシーフだ」
この場合、俺も名乗った方がいいのかな。でも今のところ俺が話に交わる要素ないような。いっそさりげなく部屋からエスケープするか。
などと考えていると、ゴブノ介君がこちらをチラりと見た。あ、これは自己紹介するタイミングだ。
「リッチのリークです。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
礼儀正しい良い子だ。それにしても子供が一人で何の用だろうか。いくらナシーフ相手でも、領主に子供が一人で尋ねてくるとは。
「それで、今日は何の用かな?」
「実は、ボクの父が高熱を出して倒れたんです。村の薬師によると、ルンヴァルトの森に生えるユッタ草というもので作った薬で治るらしいのですが……」
「ルンヴァルトの森か……」
ナシーフが難しそうな顔をする。村に在留している衛兵や、狩人、もしくは薬師本人に取りに行かせればいいだけではないのだろうか?
「何か問題でもあるのか?」
「ルンヴァルトの森には凶暴な魔物が住んでいるらしくてな。私は行ったことがないのでよくわからんが……」
「私が行くわ」
初心者用薬草辞典【改定版】を手にしたアロンザさんが声をあげる。なんか珍しくアクティブだ。
「まあ待て。アロンザにはやってもらいたいことが沢山ある。それにユッタ草はたしか、魔力を微弱ながら発する草だったな?」
アロンザさんが初心者用薬草辞典【改定版】を開き、「そうみたいね」と返事をする。開いた辞典を俺も覗き込む。
「人手も多くは裂けん。ならば魔力探知に優れたリークに行ってもらう」
「俺は構わないけど、凶暴な魔物って大丈夫かな?」
「なに、お前なら大丈夫だろう」
信用されてるってことでいいのだろうか。ナシーフが言うのなら、まあ大丈夫なのだろう。
「私も行く!」
「それならさっさと仕事を終わらせるんだな」
「ぐぬぬ……」
珍しくアロンザさんが食い下がる。それをあっさり流すナシーフ。
「あ、あの……よろしくお願いします。父さん、このままだとあんまり長く持たないみたいなんです」
「無責任なことは言えないけど、全力で探してくるよ」
俺はゴブノ介君の家の場所を聞き、ルンヴァルトの森へ向かうことになった。念のため、アロンザさんから初心者用薬草辞典【改定版】を受け取る。
ゴブノ介君は、アロンザさんが家まで送ったらしい。
食料も水も持たなくていい俺は、荷物をほとんど用意しなくていい。足や腕が折れても問題にならないし、全くもって便利な身体だ。それに肉体的な疲労とも無縁なので、昼夜問わず探索が可能。夜目も効く。
地図でルンヴァルトの森の位置を確認し、館を出発した。
願わくば魔物に出会わないで済むことを祈るが、どうなることか。いっそステルス仕様のローブでも作れないだろうか。
ルンヴァルトの森へ向かって歩いていると、周辺の住民と何度かすれ違った。
最近は、領主がリッチを手なずけたという話が広まってきていて、目が合うと会釈してくれるようになってきた。それでも瞳には一瞬怖れや怯えの色が見えるが仕方のないことだろう。俺自身の行いで信頼を勝ち取っていくしかない。
ルンヴァルトの森へ近づくにつれ、少しずつ周囲の空気が重くなってきた気がする。湿度が高くなってきたのか、それとも別の要因なのか――。もしかしたら空気に含まれている魔力が濃いのか。
森の入り口に着く頃には、はっきりと空気が違うと認識させられた。嫌な予感――はしないが、それでも空気の重さから異常性を感じる。一人で来たのは間違いかもしれない。だがここまで来てしまったのだから行くしかない。
ゴブノ介君との約束を胸に、俺はルンヴァルトの森へと入っていった。
森に入って、空気中の魔力が濃いと確信した。魔力を感知するため、感覚を研ぎ澄ませているとはっきりとわかる。それ以外は特に変わったところも見られない普通の森だ。今のところ、凶暴な魔物や獣も出てきていない。
目が覚めたばかりの頃も、こうして一人で森をさ迷い歩いていたことを思い出す。その頃の経験で森での歩き方はなんとなく学んだ。方角を見失うことはないだろう。
だが、魔力を発する植物は見つからない。もしかしたら発する魔力が微弱すぎて、俺には感知できない可能性もある。目視でもしっかり探した方がいいだろう。
気がつけば夜になっていた。ユッタ草を見つけられなくても、一週間したら一旦戻ってくるようにナシーフに言われている。日付はしっかり覚えておかなくては。
夜になっても探索を続けていた俺は、魔力を感知した。微弱な魔力ではない――しかし、凶暴な魔物のものではないように感じる。
何か手がかりになるかもしれない、そう思った俺はその魔力の元へ向かった。そこで俺は彼女と出会ったのだ。