第二話
この身体は疲れというものを知らないらしい。お腹も減らない。
夜でもまるで真昼のように物が見える。眠くもならない。
楽観的に考えるなら非常に便利だ。悲観的に考えるなら人間を、生物を辞めたとしか考えられない。
そんなことを考えていた頃、人の手が入っているであろう道を発見した。
その道は幅が10メートル程でむき出しの土には轍が幾筋か残っていた。
川の橋に繋がるよう作られた道は頻繁に使われているようだった。
残念ながら人の影は見当たらなかったが。
橋は石で作られており見た目は頑丈そうだ。この橋なら馬や牛、車が通っても大丈夫だろう。
俺はそのまま橋を渡り、道なりに進んでいくことにした。
少し歩くと鬱蒼としていた木々は密度を減らし、畑が見えてきた。
見たことはあるような気がするが名前を思い出せない野菜たちを尻目に歩いていく。
たしかこれはシャベルじゃなくて、キャメルはかなり近いけど違うな……、っていうかキャメルがなんだっけ? ああモヤモヤする。
「ああ! キャベツだ!」
比較的思い出さなくていいことを思い出したとき、俺はつい大声を出した。
「なーんだべ大声出して」
俺は呆然とした。
人だ。会話の出来る人だ。もしかしたらこの世界で俺は一人ぼっちなのかもしれないと少しだけ考えてしまっていた。
そんな俺に今、救世主が光臨なされた。
すぐに気を取り直して声の主の方を向く。
ちょうど声の主は小屋の影から姿を見せた。
そして一目俺を見た瞬間、泡を吹いて倒れた。
声の主が豚面であったことより、いきなり倒れてしまったことに動転する。
とにかく豚面のおっさん(多分)を助けなくては。
急いで駆け寄り豚面のおっさんの頬をはたき呼びかけてみる。
「もしもーし、大丈夫ですかー?」
暢気そうに見える俺の大真面目な呼びかけに豚面のおっさんは「ア……ガガガ……」とだけ返した。
どう見ても大丈夫じゃなさそうな豚面のおっさん。
というかどんどん病状が悪化しているようである。
俺にはどうしようもないと判断し、助けを呼ぶことにした。
記憶があやふやな俺が下手なことをしてこれ以上症状を悪化させるわけにはいかない。
死ぬなよ豚面のおっさん……!アンタは俺の救世主なんだからな……!
恐らく今生で最も良い顔をしている俺は駆け出す。
駆け出すが、転ぶ。
全力で走るときのイメージに身体がついてこない。
運動会でお父さんがよく転ぶ理由、脳は若い頃のイメージで身体を動かそうとするけど体が追いつかないから。
またどうでもいいことを思い出した。
擦り剥いた膝小僧を見て裸であることを思い出す。
あ、これはどうでもよくない。恥ずかしい。
だが豚面のおっさんの命のほうが大事だ。
俺は若干ゆるゆると走った。転ばないように。
少し走った先に木でできた門と簡素な柵が見えた。門のところに豚面のおっさんの色違いもいる。こちらは槍らしき得物を持っていた。
「そこの人! たすけてくれ! 人が倒れたんだ!」
必死の呼びかけに気づいてくれた色違いの豚面のおっさんはこちらを見るなり泡を吹いて倒れた。
ええー、またぁ……?
豚面の人はみんな心臓が弱いのだろうか。
そりゃあ腕や足やアバラを見れば俺がかなりホラーな身なりをしているであろうことは容易に想像できる。
でも一目見ただけで卒倒するのはさすがに酷くないか。
仕方がないので門の中に入り、助けを呼んでみる。
結果は悲惨なものだった。俺を一目みるたびに豚面のおっさん達は泡を吹いて倒れたのだ。
どうやら俺がいけないらしい。2人目の豚面のおっさんのあたりで気づいてたけどね。
これ以上被害を増やさないためにも一旦森林の中に引き返すことにする。
俺はこのままずっと誰ともコミュニケーションができないままなのだろうか……。