第十五話
「やったら広いわねー、ここ。地盤沈下とかしないのかしら」
四方を見渡したアロンザさんが呟く。
え、生き埋め怖い。生き埋め状態になっても永遠に死ねなかったらどうしよう。
「これではリークの魔力漏らしでは蹴散らせんな」
「ここにリークを置いてけば虫も巣穴から出て来れないんじゃない?」
え、酷い。こんな暗くて怖いとこに置いてくなんて信じられない。訴えるような目でアロンザさんを見ると「冗談よ」と悪戯っぽい目で返された。
「この穴を塞いでも新しく穴を掘られるだけだろうな」
「そうねー。じゃあ一匹ずつ地道にお掃除かな」
「そうなるな。リーク、魔力の漏出を止めろ。それと退却の可能性も考慮し、魔力を節約しておくんだぞ」
「イエッサー」
俺は返事と共に魔力の漏出を止める。すると虫たちが俺たちに対して一斉に攻撃を仕掛けてきた。
ナシーフは盾を構え、猛然と虫の群れに飛び込む。勢いをつけた踏み込みの余波をもろに受けた虫は四肢が粉砕される。そのまま紅蓮の火を纏う得物を右から左に薙ぎ、虫たちを両断する。
左後方から虫がナシーフに襲い掛かるが、得物を薙いだ勢いを利用し振り向き盾で防ぐ。虫が盾にしがみつくが、得物を突き刺し燃やす。
周囲の虫を掃討すると、他の虫の群れに突貫し殲滅する。あれだけの戦闘能力を有していれば、仲間が回りにいない方が安全なのではないかと思わせる動きだ。
アロンザさんは水弾を次々と作り、一匹ずつ丁寧に処理する。近づいてくるものを優先し、正確に撃ち抜いていく。ナシーフに比べてとても地味ではあるが、派手な魔術は崩落の危険性を高めるため力を抑えているのだ。
水弾の連射だけでは虫を抑えきれず、何匹かの虫はアロンザさんに触れられる距離まで近づいていた。
飛び掛る虫を最低限の動きでかわし、虫の背後に回り――逆手に持った短剣を突き刺す。突き刺した瞬間、アロンザさんの魔力が短剣を通り、極低温のガスが噴射される。低温のガスにより虫の内部は凍結、圧力により虫の体は粉々に砕け散った。
短剣で虫を仕留めたアロンザさんは、流れるような動きで振り向きまた水弾を発射させる。一連の動きに硬直や隙などない。
そして俺。魔力の漏出を解除し、虫が近づいてきたところをまた魔力で補足。動けなくなった虫を思いっきり踏み潰す……。かっこよくない……、この戦いが終わったらかっこいい武器を買ってもらおうと心に誓いつつ、虫を踏み潰す。それにしても虫には学習機能はないのだろうか?魔力の漏出を止めると何度でも近づいてきた。
どれくらいの時間がたったのだろう。数分のような気もするし、数時間のようにも思える。少なくとも3人で屠った虫の数は数百になるのではないか。近くにいるアロンザさんは汗を掻いており、呼吸も乱れている。歩いて戻ってきたナシーフにも疲れが見える。
気づけば虫たちの襲撃は終わっていた。だが、虫を全滅させたわけではない。虫たちが大きな魔力の元へ集結している。
「随分虫の数は減ったみたいだけどどうする? 一旦退く?」
二人共疲労が蓄積しているようなので一応聞く。まあ、答えはわかっているが。
「ここまで来たら全滅させるぞ」
「こんなしんどいことは一度で終わらせたいわね」
二人の闘志が、退くという選択肢を否定していた。
俺は元々身体的な疲労とは無縁だし、魔力を温存してゆるゆると戦っていたのでまだまだ余裕がある。
「オッケー、じゃあその前にご飯だな」
俺は適当に詰めてきた食物を広げ、提案した。休憩している間は俺が魔力を漏出して、大きな魔力をしっかり補足していれば危険はないだろう。
「なんだこの量は……」
俺が持ってきたリュックサック一杯の食べ物を見て、ナシーフが苦笑いしている。
「何を持ってくればいいかわからなかったんだよ」
「こんなに食べ物があってもたまごはないのね……」
「たまご……」
たまごというキーワードを得て、俺の中にくだらない記憶が蘇る。
「生きて帰れたら、至高の卵料理をご馳走しますよ」
ちなみに黄身の味噌漬けではない。
ワスプナイフという酷い武器があります。動画などもありますので、知らない方は見てみるといいかも。