第十三話
さきほどの部屋の前まで戻り、少し待っているとアロンザさんだけが出て来た。
「お待たせ」
「ちょっと村の中の魔力を探ってみたんですが、どうやら生存者は50人以上いるようです」
「何それ凄いわ。さすがはリッチ、人間離れしてるわ」
アロンザさんに少し余裕が戻ったように見える。
「私の方も色々面白いことが聞けたわ。とりあえずナシーフと合流しましょう」
「さっきの女の子は?」
「置いてくわ」
一瞬、耳を疑った。こんな場所に女の子を置いていくなんて。
「でも――」
「私たちは3人しかいないから、とにかく大本を潰さないと。50人以上の生存者がいるのなら、ゾンビをこの村から殲滅しないと救出できない。それに大本を残しておくと近隣の村々まで被害が広がる」
大本――確かに心当たりがある。地下の魔力。
「援軍も要請してあるから、私たちは大本を潰してこれ以上ゾンビが増えないようにすることを考えましょう」
「……わかりました」
アロンザさんは少女の話から何かに気づいたのだろう。通常のゾンビなら頭を潰した時点で動かなくなるはずが、外にいるゾンビは頭がなくても動く。それにみっちーがくわえていた虫。死体を動かすには小さすぎる魔力。
少女にはアロンザさんがすでに話してあるらしい。とても怯えているが、この状況で取り乱さない強い子のようだ。
「ナシーフの位置はわかる?」
「ええ、外に出れば探れます」
家から出て、魔力を探り始める。ナシーフの位置は簡単にわかった。アロンザさんを連れて、ナシーフの元に向かう。
「結果的には二手に別れたのは失敗でしたね」
「そうね。ゾンビが発生したって報告を聞いたときは生存者が村の中にいるとは思わなかったわ」
道理でアロンザさんとナシーフに余裕がなかったわけだ。
「それにナシーフはゾンビに故郷を壊滅させられてるからね。一人でも多く村人を助けたかったんでしょう」
「そうだったんですか……」
重大なことをさらりと言い放つアロンザさん。
そんなことを話していると、遠くでゾンビを手当たり次第に斬りつけているナシーフがいた。辺りには大量の燃えている死体が転がっている。
人命検索優先じゃなかったのか……と俺が嘆息していると、アロンザさんがナシーフの顔面に向けて水の弾を当てる。もちろん頭が吹き飛ぶようなスピードではない。
とりあえず俺は魔法の矢を手当たり次第にゾンビに撃つ。なんかちょっとアロンザさんが怒っているような気がしたので、ナシーフの相手は任せることにした。
「……アンタは何をやっているの?」
「いや、ゾンビを……」
「人命検索はどうしたの? アンタならコイツらに見つからずにいくらでも移動できるでしょーが!」
「それは……」
しどろもどろのナシーフである。俺はへたれなのでこの二人の間に入るようなことをせずにゾンビの相手をする。なるべく早く話を終わらせて欲しい……ナ。
「とにかくちょっと着いてきなさい。話があるわ」
「むう」
俺たちは適当にゾンビをあしらいながら比較的安全そうな建物に入った。情報を共有し、できることを話し合うために――と言ってもアロンザさんに考えがあるようだが。
「実はさっき、生き残ってた女の子と話をしたのよ」
まずアロンザさんが切り出した。
「昨日の朝、村の中央の方から虫が出たって騒ぎがあったらしいわ。それで、女の子の両親は武器を持ってそこへ向かった――女の子には家にいるように言ってね」
「ん?ゾンビが出た、じゃないんだな」
「そこね。私たちに報告をした者はゾンビが出たって報告をしていたけど――はじめに出たのは虫だったのよ」
ナシーフはずっと黙っている。
「虫を討伐しに行った村人がゾンビになって村に出て来た……ってことですか?」
「たぶんね。それに――みっちーがくわえていた虫ね」
「虫が村人を殺し、寄生して操ってた? んー、そんなことあるのかなぁ……」
「ほら、館で見た世にも奇妙な動物図鑑にそんな生物が載ってたのよ」
そういえばアロンザさんがヤバイヤバイ言っていた気がする。
ただ、あのゾンビたちがアンデッドではなく操られた死体という説には俺も同意だ。アンデッドは死んでいるが、あくまで魂を持って自分の意思で行動する。ここのゾンビたちを見たときに沸いた奇妙な違和感はここに起因するのではないか。
「更に言えばゾンビは魔力をある程度探知するわ。正直、ゾンビがこれだけ沸いて50人以上も生きているわけがない」
「そんなに生存者がいるのか?」
ナシーフがここにきて初めて口を開く。「リークによればね」とアロンザさんは付け加えた。
「ええ、さっき魔力を探知しまして。それと、アロンザさんの説が正しいなら、ゾンビを操ってるのは幼虫か成長しきってない虫なんじゃないのかな」
「なぜそう思う?」
「地下に多数の魔力を感じます。ゾンビからは魔力を感知できませんが、地下からは魔力を感じられるということは、地下にゾンビを操っている虫より強力な虫たちが大量にいることになる。あくまで全てが虫の仕業なら、ですけど」
「なるほど、ならば地下に巣食っている虫を殲滅すればこれ以上ゾンビは増えないと」
穴だらけの理屈かもしれないが、今考えられるのはこれくらいか。ならば第一に地下への入り口――虫たちが出て来たであろう場所を探し出す。地下の巣を殲滅できなくても、その入り口を封鎖するだけでとりあえず被害の拡大は防げる。
「やることは決まったわね。虫の巣の入り口を探して、できるなら殲滅する」
俺とナシーフ、アロンザさんは視線を合わせ頷く。
「でも感じられる魔力の数は多いですから、無理はしない方がいいですよ」
この二人にそんなことを言う必要はないだろうが念のため警告すると、アロンザさんは「私たちには秘密兵器があるじゃない。頑張ってもらうわよ、リッチのリークくん」と笑いながら言った。