第十二話
「ってコイツら走るのかよッ!」
攻撃を受けるまでただ突っ立っているだけだったゾンビたちは、俺たちの方へ向き直り不恰好ながら走ってこちらへ近づいてくる。
ゾンビというと緩慢な動きで襲ってくるイメージを持っていたので、俺は焦った。
焦ってうろたえている俺を尻目に、みっちーがゾンビに襲いかかる。みっちーは頭の吹き飛ばされたゾンビの喉を突き破り、そのまま頚椎を粉砕しながら飛び出る。飛び出たみっちーは何かをくわえているように見える。
みっちーの攻撃を受けたゾンビはそのまま倒れ、ピクリとも動かない。
それを見たアロンザさんは水弾を撃ちだし、他のゾンビの喉元から頚椎を吹き飛ばす。しかし、今度のゾンビは動きが止まらない。
「それなら足をッ!」
今度は同時に5個の水弾を生成、次々とゾンビの足に向けて撃ちだし転倒させていく。
アロンザさんの声を聞き我に返った俺は、同じように魔法の矢でゾンビの下半身を吹き飛ばす。
上半身だけになってもこちらへ這いよってくるゾンビたち。なかなかおぞましい光景だ。
近くにいたゾンビたちを処理したところで、みっちーが何かをくわえて戻ってくる。蛇じゃなくて犬みたいだな――なんて感想を抱く。
みっちーがくわえていたのは、こぶし大程の大きさの虫であった。蝶から羽を毟りとり、蚊や蜂のような翅をつけたような虫。みっちーが虫の腹にあたる部分を噛み潰していたため、ピクリとも動かない。
「一旦身を隠しましょう。私たちは少し騒ぎすぎたわ。それに――この虫のことも調べないと」
アロンザさんが虫をくわえたみっちーを肩に乗せ囁いた。俺は無言で頷いた。
俺たちは近くにあった2階建ての比較的大きな家に入り、身を隠すことにした。
魔力を感知して安全を確認できれば便利なのだが、なぜかゾンビたちからは魔力を感じない。魔力を持っていないという事はあり得ないので、感知できないほど小さいのか。だが、それほど小さな魔力で人体を操るというのも難しいはずなのだが。
一階を探索し、安全を確かめた俺たちは二階にあがる。
二階にある部屋の扉を開けようとしたところ、鍵がかかっている部屋がある。ここで今更俺は気づいた。魔力を感知してゾンビは発見できなくても生存者がいるかはわかる。アロンザさんの方を見ると、ゆっくり頷く。
「誰か中にいますか。領主ナシーフの部下です、救援に来ました」
こういうときどのように呼びかければいいのかわからなかったが、とりあえずナシーフの名前を出しておいた。外に聞こえないよう音量を調節し、軽くノックをしながら呼びかける。
すると鍵の開く音がして、ドアが開く。中から怯えた表情の少女が顔を出した。そして俺の顔を一目見て、「ひっ」と声を出し扉を勢いよく閉めてしまった。
そういえば自分がリッチで、しかもこの村は同じ不死者であるゾンビに襲われているということを思い出す。決して傷ついてなどいない。
仕方ないのでアロンザさんに代わってもらい、少女に声をかけてもらった。
「驚かせてしまってごめんなさい。さっきの怖い顔をしたおじさんは悪い人じゃないの。怖い顔をしているけど貴女を助けに来た良い人なのよ。もう一度ドアを開けてくれるかな?」
やさしく、ゆっくりと語りかけるアロンザさん。怖い顔の部分より、おじさんという言葉にショックを受ける。ひどい……俺まだ0歳なのに…………。
アロンザさんの呼びかけが功を奏し、ドアがゆっくりと開く。俺はなるべく少女から見えないように少し移動する。
「ありがとう、いい子ね。私も部屋に入らせてもらっていい?」
アロンザさんの問いかけに少女は頷く。「俺はゾンビが入ってこないか見張っています」と二人に告げる。俺がいては少女から話を聞くのも捗らないだろうという配慮もあったが、少女から話を聞いている間に試してみたいことがあったからだ。
アロンザさんが部屋の中に入り、少女との話をしはじめたようだ。
俺の身体は全身が魔術のようなもの――故に魔力と親和性が高い。よって、魔力を感知できる範囲・精度が、他の一般的な魔術使いたちとは雲泥の差らしい。アロンザさんでさえも壁などを挟むと魔力感知の精度が著しく落ちると言っていた。だが、俺なら――この村全体の生存者を魔力で把握することができるのではないか。ここに至って、ゾンビを感知できないことがプラスになっている。試してみる価値は十分にあると思う。
廊下の突き当たりにあった窓から外に出て、屋根の上に出た。音をたてないように慎重に。
俺は目を閉じ、深呼吸し、意識を集中させる。家の中からアロンザさんと少女のものであろう魔力が感じられる。村を俊敏に動き回る猛々しい魔力を感じる――これはナシーフのものか。……そして次に感じられた魔力は地下からだった。厚い地面の層に阻まれて感知するのは難しいが、とても大きな魔力を感じる。その大きな魔力の回りに無数の魔力も感じられた。その異常な魔力は、今回の異変と関わりがあるだろうと確信させる。
さらに意識を集中させ、村の家一件一件の魔力を探査する。予想以上に魔力の数が多い。見つけられたものだけでも50を超えそうだ。恐らく村の全体をカバーできていないはずなのだが。
生存者が思ったより多いことは嬉しかったが――避難させることが難しい。50人以上の者をゾンビが溢れるこの村から逃げすのは容易ではないだろう。それに村人たちの精神状態が冷静であるとも思えない。
一体どうすればいいのか……、俺は答えを探しながら家の中に戻った。