第十一話
ナシーフとアロンザさんは手早く準備をしている。俺は用意するものが思い浮かばなかったので、とりあえず保存のききそうな食物を片っ端からリュックサックに詰め込み背負った。
「伝令に来た人は?」
「そのまま本国へ向かってもらった」
「ん、でも多分間に合わないでしょうね」
外へ出るとナシーフとアロンザさんが深刻そうな声で話をしていた。ゾンビってそんなに危険なのか。
自分が不死者の王であるらしいという話を散々聞いていたため、なんとなくゾンビを侮ってしまう。
「リーク、お前も来てくれるか?」
ナシーフが俺を見て問う。「もちろん」とだけ返す。
「よし、では行くぞ」
―――
空気が重い。
ナシーフはどことなく焦っているようだし、アロンザさんも珍しく口数が少ない。
「ゾンビって危険なんですか?」
思い切って聞いてみた。無言で向かうより、少しでもゾンビについて知っておいた方が良いだろう。
「そうね。単体の不死者としては下位もいいところで脅威にならないけど、増殖するケースがあるの。ゾンビに殺された者がゾンビになる場合もあるし、背後に強力な力を持った何者かがいて意図的にゾンビを増やしていたりする場合もあるし……一口にゾンビと言っても色々なケースがあり得るわ。共通するのは、被害規模が大きいことね」
ということは俺たちが着くころには村や町がまるまるゾンビになってたりすることもあるのか。たしかに深刻になるのも頷ける。
「話し合いとかでどうにかなったりってしないですかね?」
「ゾンビは基本的に知性をなくしているから……」
話し合いも不可能、となると全滅させるしないということか。ゾンビを殺すには頭を潰せ、とのこと。
ナシーフに雇われてから、書類仕事の合間に魔術の訓練をしていてよかった。魔法の矢――と俺は呼んでいるが、単純に魔力を放出し相手を貫く魔術を延々と練習した。単純な魔術だが、その分威力・連射性・コストパフォーマンスに優れている。足手まといということにはならないだろう。
だから俺は少しだけ――浮かれていた。練習していた魔術を試せるときが来たのだと。
―――
ゾンビが発生した村に着く頃には夜になっていた。月明かりに照らされ、簡素な門と簡素な塀が見える。エダズ村にあったものとよく似ている。村の規模も似たようなものか。
「着いたな。まずは人命検索を行う。アロンザとリークは二人で行動しろ」
「二手に別れるの?ただでさえ人数が少ないのに危険じゃ……」
「だが効率がいい。安心しろ、私なら大丈夫だ」
「……わかったわ」
ナシーフの強い言葉に、アロンザが渋々と従う。
「いいか、自分の命が第一だ。決して無理はするなよ」
ナシーフが俺の目を真っ直ぐと見て言う。館を出発したときと同じように「もちろん」とだけ返した。
ナシーフは頷くと豹のような身のこなしで村へと入っていった。素早く、しかし音はたてずに。
アロンザさんはみっちーを呼び出し、俺に先導するように言った。背後から襲われてもみっちーが反応するため、アロンザさんが後ろにつくのだ。
それに俺は夜目が効くので、先導するのに都合が良い。
村の中に入ると至る所からうめき声が聞こえてくる。すぐに立ち尽くしてうめき声を上げている人影を数人見つける。
どれくらいのゾンビがいるのかと思い、魔力でゾンビを感知しようと試みるがどうもうまくいかない。
「この村にいて逃げ回らずに突っ立ってるのは、全てゾンビと思って対処して」
ゾンビ達は俺の想像と大差ない。違うところと言ったら犬の耳や猫の耳、尻尾などがついているところだ。この村には獣人が住んでいたのだろう。
しかし、何か違和感がある。違和感の正体がわからず戸惑っている俺に、アロンザさんが囁く。
「ゾンビになった者を助ける方法はないわ。音を立てないように始末して」
俺は魔法の矢を数人のゾンビの頭部に向かって放った。
魔法の矢の威力は申し分なく、ゾンビの頭部を吹き飛ばし、消失させたのだが――ゾンビは倒れなかった。
それどころかこちらに体を向け近づいてきた。
「不味いわね。コイツらタダのゾンビじゃない」
アロンザさんの声には、いつもの余裕が感じられなかった。